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2016年8月 3日 (水)

5歳児サーキットデビュー

 7月24日のことでした。
 日の開ける前の暗い道を、モーターサイクルを積んだハイエースでサーキットに目指して走る。ほんの6年前はこれが日常でした。その当時の私は岡山、筑波、鈴鹿、オートポリス、SUGO・・・サンデーレースに走行会、4月~10月くらいまでは、最低、月に一度、週末はサーキットのパドックにいる人でした。

 結婚して子どもができてそれを控えていました。

 さて、今回はMV Agustaの走行会にエントリーいたしました。ハイエースの助手席には5歳の長男が乗っています。彼に彼の生まれる前のお父さんの一面を見せようという魂胆です。
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 あぁ、懐かしいこの光景、岡山国際サーキットのピットレーン車両侵入警告のサイレン音を聞くとあの頃の感じがよみがえってきます。
 ハイエースから車両を下し、ピットにマシンと走るために必要な装備を設営していきます。息子は息子でこちらから頼まなくても5歳児なりにお手伝いしてくれます。普段はホヤホヤしている感じなのに、こういった非日常の環境だとしっかりするもんだね。男の子だなぁ~なんて思う次第。

 ガスチケットを購入し、スタンドにガソリンを買いに行くと「お兄さん、なんか久しぶりじゃの~」と給油係のご老体が声をかけてくれました。
「お久しぶりです。5・6年来てないですね」
「わしゃもう80超えてでぇ~」
「息子ができて、5歳になったので一緒に走行会に来たんですよ。またサーキット遊びをできるかななんて思いまして、ほら太一ご挨拶は」
はにかみながら「こんにちは」と応える息子。
息子に向かって「こんにちは。サーキットに通うならチャンピオンにならんといけんぞ!またきてなぁ~」
 覚えてもらっているってやっぱりうれしい。
 我がマシンに給油をし、家でやるとオイル廃棄がややこしいので、走行前にここでオイル交換。息子は私のやるマシン整備を見ながら、オイルがポトポト落ちた床をウエスで拭いたりしています。

 マシンお次はライダーの走行準備。この革つなぎも年季が入ってきました。
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 走行前ブリフィーング後、いよいよ走行です。
 ライディングギアにそでを通し、ヘルメットをかぶる前に息子に私の留守中の振る舞いを今度は松永家親子ブリーフィング。
 「ピットレーンは、この青い線から向こうには絶対に行かないこと、ちゃんとこの7Bピットにいること。マシンは熱いからさわらなこと、もしお父さんが帰ってこれなかったら、お父さんの電話を君に預けておくからお母さんに連絡すること、ハイエースのエンジンをかけて冷房を入れておくから、暑いと感じたらハイエースの中で飲み物を飲むこと。わかった?」

 周囲のマシンが暖機で爆音を上げる中、ちょっと緊張しながら無言で頷く幼稚園の年長さん。

 私もすべての装備を身に着け出動です。

 息子に向けサムアップ、それに返して息子のサムアップ。走行一本目のはじまりです。

 レッドシグナルが点灯し閉鎖されているピットレーンに各車並んでいきます。グリーンが点灯しピットが開いてコースインするまで短い待機時間に、集中力を上げます。サーキット走行を始めた頃、ジンさんから言われたアドバイス「心はホットに頭はクールに」を思い出します。

 今回はレースでも練習会でもありませんが、あまり気を抜いた走行をするとサーキットでは事故につながります。余裕を持つと気を抜くは全く意味が違います。
 コントロールタワーのグリーンシグナル点灯、コースマーシャルのホイッスルに導かれながらコースインです。

 最新のモーターサイクルは違いますね・・・旧いMOTO GUZZIを改造したレーサーであれだけ走ったホームコースなので違いがよく分かります。

 今のマシンって本当に走り易い、ライダーに優しい。コーナーでのラインの自由度ってこんなにあるの?
 今更ながら縦置きVツイン・シャフトドライブのサーキット走行のデメリットに気が付く私。←遅いよ。

 何だか、マシンなりが違い過ぎて道がわからなくなっちゃいました。迷子になるってことじゃないですヨ。走行ライン、ブレーキングポイント、ギアの選択、全てを探りながらです。
 もちろんマシンは「もっと行けましてよ」と誘ってきます。その誘いに乗って今の状態で2コーナーとか行くと怖いことになりそうなので、今は自制と。とりあえずこの走行枠は直線番長にちゃんとなろう、メインストレートはコントロールタワーまでは全開、裏直は200m看板までは全開でいこうと、もちろんその時のヘルメットのあごの部分は、燃料タンクに付けるです、後はマージンを持って走ります。

 最終コーナー、アトウッドコナー(裏直まえの上りのコーナー)の脱出がこんなりゆっくりさんなのに、ホームで200km/h、裏で220km/hとかスピードメーターに出ていますが、675ccの中間排気量のマシンってこんなに速い!!!の?しかも裏直200m看板でブレーキ掛けても若干の余裕があるんだけど、ラジアルマウントのブレンボって凄くね~!

 そんなマシンのポテンシャルにビビりながら走行枠1本目が終了。

 ピットに戻って来ると、待ってました満面の笑みで、上体を伏せながらストレートを走る私の真似をして「バ~ッ!って走ってたね、お父さん」と興奮しています。
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 めちゃくちゃ暑いので早々に革つなぎを脱いで、息子とランチです。このメーカー主催の走行会ランチ付なんです。普段はサーキットのクラブメンバーしか立ち入るこのできないクラブハウス二階のラウンジでのスペイン料理のバイキングでした。

 息子は「すげー美味しい」と言いながら私の友人・お知り合いとテーブルを囲み昼食をとっています。ポケモンGOの会話で大人と話とかしてるし。こういった会場で行儀よく、大人とお話をできることも社会人となるべくの教育の一環。ただ此処は本来は大人の社交場、マナー違反なのに相手をしていただいた周りの皆にも感謝です。ありがとう。

 さてに二本目までは時間があります。息子はパドック内をストライダーに乗ってパトロール。この日は四輪のスーパーカー系の走行会もありました。トミカとかでしか見たことのないフェラーリ、ランボルギーニ、アルファ・ロメオ、ポルシェ、BMWの本当に走る姿を見たりして興奮もひとしお。ただ最新の488GTBを指さして「僕の持ってるラジコンのラ・フェラーリじゃないね」とか大きな声で言うのやめろ~オーナーさんに聞こえるだろ。悪意が無いので尚更たちが悪い。

 パトロールが終わると「おとーさん、スマホ貸して~」とおねだりモード。ポケモンGOでポケモンGETだぜ!岡山国際サーキット、ポケモンいっぱいいました。

 さてさて、そんなことで時間は過ぎ二本目の開始です。

 一本目の復習を兼ねて、なるべく一筆書きでコースを回る、マシンに変な入力しない方向で乗っていこうと頑張りました。そこで「をぉ、1コーナーはスピードを殺さないでもう一速高めでいけるな」とか「アトウッドは上り勾配が強いから今迄より一速低めで進入して、コーナーの途中でシフトアップするほうが裏ストレートの伸びが良いな。こんな時、シフターって最高だな」そんな感じで気持ちよく走っていると、目の前で黄旗振動。ヘアピンで転倒があるようです。マシンが進行方向と逆側を向いてあっち向いてホイ状態でアウト側のレコードライン上にいます。すると直ぐに赤旗に変わりました。転倒車両とこぼれたガソリンの処理のようです。5分ほどピットで待機すると再びコースイン。また楽しい走行が始まりました。

 「好事魔多し」よく言ったものです。二本目の終盤になり、やっと道が見えてきて裏直なんかでも全開で200m看板超えて150m位で「バーンッ」ってリアが浮くくらいフルブレーキングして6速から4っつ落としてブレーキ引きずりながらヘヤピンに~なんて調子で乗ってました。コース終盤、ペースの速い四気筒に便所前で抜かれダブルヘアピンの進入のブレーキングで頭を押さえられました。「ここちょっとスピードが殺されちゃったなー」と思いながら切り返して立ち上がりでアクセルを開けて辻褄を合わせようとした時です。アクセル開けるの早かった・・・マシンがグオングオンと振られました。ここGUZZIならハイサイドで終了~となるところでしたが、此処は最新のMV、トラクション・コントロールに助けられました。ただ、思わず内足がステップから外れて、足が出ちゃいました。危ね~。

 すると、この周回でチェッカーフラッグ。何とか無事に帰還です。二回の走行中、このMVの面倒を見ていただいている広島のショップ「MOTO S!X」の佐伯代表は、最終コーナーの立ち上がり付近のピットウォールで、私たちの走る様子をずっと見守ってくれていました。

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 ピットに帰ると「おかえり~」と出迎えてくれました。早目に軽装に着替えてタイヤのチェック。端まで使えてタイヤ面のささくれも無いようです。夏の高温の路面に合わせて、冷間時に普段よりもちょっと低めの設定にした空気圧もバッチリだったみたいです。二周もしてタイヤが温まると本当に癖のないニュートラルステアだった。ピレリ最高!

 走行が終わったので我がMVも普段の姿へ、飛散防止のために張っていたテーピングを剥がし始めました。「僕がやる」と息子が率先してお手伝い。ベタベタと車体に残った糊に「お父さんこれどうしようか?」と聞いてきたのでウエスにパーツクーリナーをシューっと吹きかけそれで拭いて綺麗にすると、「それもぼくがやるよ」とパーツクリーナーとウエスを手に、私のやったのと同じやり方で車体を綺麗にしてくれました。マシンがキレイキレイになり、マシンと装備をハイエースに積み込みました。
 残すところ後はじゃんけん大会です。
 そのじゃんけん大会で我が息子やってくれました。大金星です。私がいいなぁ~と思っていたTシャツを勝ち取ってくれたのです。「でかした!」

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 トイレから出てきたアゴスチーニがパゾリーニと談笑の写真がプリントされたMVオフィシャルのTシャツ。洒落てるねぇ~。「お父さんうれしい」って太一よありがとう。父さん本当にうれしいよ。

 家に帰る道すがら、ハイエースの助手席で今日あったことを喋っている息子。相槌を打ちながら運転する私。その内、「お父さんはカッコいいよ」の息子の言葉。本当にありがとう。Tシャツなんかよりよっぽどうれしい。この言葉のために体を張ってサーキットに連れてきた甲斐があったってもんです。すると急に静かになりました。疲れて睡魔に負けて墜ちちゃったみたいです。眠る我が子を横目に見ながら家路に向かって運転です。
 そんな夏休み最初の日曜日の出来事でした。

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2016年7月 6日 (水)

スーツケースがひとつあればいい

荷物はいらん。スーツケースがひとつあればいい。それに毛のシャツ二枚と靴下を三足入れろ。おまえの分もそれだけでいい。
ジュール・ベルヌ:著 田辺貞之助:訳 八十日間世界一周より

 さて、このBlogを復活して3本目のエントリーなのですが、実はこのたびのエントリーこそが復活版Blogの大本命。これからご紹介することがあったので、もう一度、このような形で楽しいBlogを書ければいいな・・・なんて思い立ったのです。

 私がイタリアの二輪車に心底惚れ込んでいることは、私を知る方々からは周知の事実でございます。縁あって、広島のMOTOS!Xさんよりイタリアの二輪車を買わせていただき、そこの佐伯社長さんとは、波が合うというのか話していて面白い話が尽きないでありました。
 そんな佐伯さん、インドで作られている二輪車の取り扱いを始めたと聞きました。最初は私も正直言って「え゛~っ!?」となりました。ただ話を聞いてみると熱量がただ事ではないのです。熱い・・・ちょっとニュアンスが違います。私たちが初めて免許を取って意味も無くただただ走り回っていたあの感じ・・・そんな感じが電話口からするのです。

 話の中心は、かつては大英帝国の二輪ブランドにして現存する最古の二輪ブランド「ロイヤルエンフィールド」です。

 車体については1950年代から現在に至るまで、ほぼ基本構造の変わっていない「本物のクラシックバイク」を現在もインドで作っている会社です。
 佐伯社長の心を掴んだのは、ロイヤルエンフィールド社の発行する広報誌「THE BEAT」の内容だったのです。

 「是非とも松永さんにも読んでほしいと」大切な書籍を送っていただきました。そしてその紙面を読んで驚いた。 

 「なんじゃこりゃぁ~」
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 マン島のTTレース、ボンネヴィルの速度記録はもとより、氷河の雪解け水で増水した川を渡河し、未舗装がガレ場が続くガードレール無い細い山道をヒマラヤに向けてのツーリング記事・・・ブータン・ネパール・チベット。

 若者の頃なら許される無茶な冒険を、社を挙げて広報している。この辺に、単純に「すげぇなぁ~」とならず、理屈で考えて日本とインドの「若者の人口比率」を思い浮かべてしまうあたりが、私も年寄りだと反省する次第。

 紙面より、若さゆえの光のあるパワーをビシバシ感じる訳なのです。最初はただ道を走るだけで楽しかった二輪車。道具にはさんざこだわってきたけれど、ただ道を二輪車で「ブーン」って走るプリミティブな喜びを忘れちゃいないか?そもそも、好奇心に駆られて遠出をしたり、色んな人に会うことが楽しかったあの気持は・・・そう、二児の男の子のお父さんになった今こそ、それを私の背中で見せないといけないんじゃないか。

 これらのインド製二輪車メーカーの広報誌の英文を読みながら、そんな風に感じ入ったのです。

 そんな意味での「ゼンマイ仕掛けお父さん」なのです。
 今回のBlogは毎日更新はいたしません。皆様に見ていただくのは、規模の程度は様々ですが大人の冒険を此処に綴っていく次第です。それは社会的責任も大きくなってきた社会人、父親、そして一人の男としての冒険です。

 普段の日常が動きづらいので、動くとなれば身軽に「えいやっ!」と動きたい。30代の頃、キャンパス地のグルカバックNo.2に、入る物だけを持って、さっと旅に出ることをモットーとしていた事を忙しさにかまけてすっかり忘れていました。

 ちなみに佐伯社長は7/7日よりインドに現地視察とのこと。楽しい土産話を待っています。

 私も7月には2つイベントが入っています。

 そのお話は、そのイベントが終わってからまた此処で。

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2014年7月29日 (火)

朝駆け

 山並みから顔を出し始めたお日様の輝きを目を細めかわしながら、山陰の海岸線を東に向けて駆ける・・・。

 本日、何故か夜中の三時に目が覚めてしまい、ネットをブラブラして、FBとか人様のBlogを見ていたりしていると、増々目が冴えてきてしまいました。
 そんな時、ゴーストの囁きか「F3に乗ろう」と右上方斜め45度に居るもう一人の私が誘いのお言葉。
 バッテリーは大丈夫、空気圧もつい先日チェック済み、ガスも程々入っている。
 4台+1台のチビバイクと除雪車で、「押しくらまんじゅう」なガレージで虜となっている我がMV AGUSTAのF3は、いつだって外へ走り出せる状態なのに、乗り手は旧いAmericaばかり相手をしている昨今なのです。
 
 脊椎パット付のメッシュプロテクターを着込み、その上に革のジャケット、身支度を整えガレージから愛機を連れ出し、キー位置をSTARTポジションへ、オレンジ色の液晶のバックライトが光り、コンピューターがチェックを始めます。数秒の後、全てのチェックが終わりイグニションスイッチをON、「ブブブブブッ」とアイドリングが始まります。早朝の住宅地である事を考慮して、ソーッと2nd走りながら住宅がまばらになるバイパス近くまで、そこから走りながら暖機運転をするんです。
 低い回転のまま2ndから4thへシフトアップ、十分に温まっていないため「」ゴリゴリ」なシフトフィールがします。一気にシフトアップしてそのままアクセルオン、高負荷なエンジンの状態でノッキングが起きてないか注意深く耳を澄ませます。
 「ボボボボグアゥーバァァークゥーン」ある程度回転が上がったらアクセルを抜いてまた2ndにシフトダウンしまた4thへ、そして繰り返し。横から入ってくる朝日の光が、メーターの日除け用ドライカーボン製パーツの繊維模様に熱帯の蝶の鱗粉が創り出すような虹彩を輝かせます。
 そんな事を5回ほどしていると水温計は真ん中くらい。エンジンのレスポンス、ギアのゴリゴリ感も無くなってきます。
 それでは本番です。
 2ndへシフトダウン、一気に回転が駆け上がります。そして13,500rpmにタッチしたところで3rdへシフトアップ。風切音の中で三気筒エンジンが「プフームッ!」と吠えます。
 
 公道ゆえの荒れた路面の続くところは、高速度用にセットされたオーリンズではギャップを吸収できません。速度を保ったままシートから腰を浮かし、ニーグリップで車体を挟み込み、又下の車体に余計な入力をしないよう、荒れた路面に合わせて自分の膝をもう一つのサスペンションとして乗り切ります。スーパースポーツでの公道を疾走する醍醐味。これぞ野駆けです。
 
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 ワインディングとアップダウンの続く海岸線下道を一往復。帰りのパーキングで一休み後、家路へ着きます。

 砂丘地に作られたバイパスのトンネルの中の空気が、このところの晴天続きで温められた砂の地熱によってねっとりとぬるく、纏わりつきます。カウルの熱気抜きからの足にあたる風の温度も明らかに高い・・・トンネルの出口が近づけば、放射冷却で冷やされた朝の外気がサーッと流れ込んできて人馬共に気持ち良くて元気を取り戻すかのようです。
 家に戻り、シャワーを浴び朝食をとって会社へ。
 ここからいつもの日常の始まりです。

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2014年7月10日 (木)

おあずけ!

 数少ない休日を指折り数えながら過ごす毎日・・・

 でもここの所、休日の度に空模様のおかげで失望。
 では人よりも2時間早く出社して会社の開店準備をする鍵番以外の日に早起きして、出社前にと備えるも、そんな日も駄目だったり・・・
 子供みたいに「乗りたい乗りたい」って駄々こねて広間の畳の上をゴロゴロしたり・・・
 何の話かって、愛するモーターサイクルとの逢瀬の話ですよ。
 そして、明日の休日私の企みでは「台風一過の晴れた空、ブインッとやるぞ」思っていたのですが、思いのほか台風の足が遅い模様、明日が私が住む地に近づくピークのようです。
 えぇそうですか、乗るなという事ですか。
 浅間ヒルクライムが終わって以来、ガレージ前で「ブオン、ブオン」とレーシングしただけで二輪と遊べていない日々が続いております。
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 ガレージと言う格納庫に出動待つモーターサイクル。
 あぁ~何時になったら、この娘(歳を考えると熟女もいるよね)達と遊べるのか・・・
 おあずけ期間にも限界があります。
 明日も、相方や太一が呆れてしまう駄々っ子状態になっちゃうのか、とうちゃんはツラいのだ。

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2012年10月10日 (水)

二輪体質

 私にとってのこの一ヶ月間は、まるで時計を逆回転させたかのようなそんな一ヶ月間だった・・・

 長らくオーダーしていたイタリアの二輪車がやっと日本の地を踏み、私の許へやってきた。事の始まりは、ぎりぎり独身の頃ではあったのだが、購入に関して妻との間に何もなかったと言えば嘘になります。
 予約金を振り込んだ後のユーロ危機による欧州経済の低迷(特にイタリアは…)、デリバリーについて何もアナウンスの無い期間も、待つ身であればこそ、本当に長かった・・・。ただただ信じてじっと待つだけしかできなかった。 とどのつまりは、納車日もなかなか天候に恵まれず、延期による延期。最後の最後まで、目に見えない何かに待ちに待たされました。

 そうして私の許へ来たマシン。本当にうれしかった。

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 納車されて一週間、実稼働3日で1,000㎞の慣らし運転を終え、オイル6Lとフィルター2セットとガソリン100Lをペロリと平らげ、9月末のフジ・スピード・ウェイでのスポーツ走行に挑んだのです。

 レーストラックで私と共に気持ちよく走る新しく来たこのマシン。マシンはまだいけると言っているのですが、ライダーの私の方がビビッて、フジの長い直線では260㎞/hでアクセルを緩めブレーキング。結果、1コーナまでにブレーキが余り再加速するはめに。レーススピードを、目が体が思い出すまでのリハビリ運動です。

 レーストラックから帰った後も、早く会社から帰宅できれば、ちょっと小一時間広域農道へ、早起きして出社前に山道へ・・・とにかくお天気が気になって仕方ない時間を過ごしています。

 気持ちだけは若いつもりでいい気になって乗り回していますと、背筋、腹筋、太ももの内側の筋肉が慢性の筋肉痛となり。ひょこひょこ変な歩き方(特に階段の下り)となり会社で笑われる事もしばし。

 MV効果なのか、今はその筋肉痛も消え、特別な食事制限もしていないのに、着ているものもゆったりとなり、ベルトの穴も二つ内側に、体重も納車前から比べると5kg以上も減りました。

 仕事の忙しさにかまけてストレスをためたり、酒場への付き合いも多くなっていたこの三年、その事以上に二輪に乗っていなかったこの三年。結婚し子供が生まれ家庭環境が変わり、仕事も料亭プロジェクト等いろいろあって・・・なにかこの三年で忘れていた大切な事を、このマシンが来ることによって、思い出したように思うこの一ヶ月。

 そうか、この長く待ち焦がれた時間は、この事に気付くに至るQuestだったのか・・・。

 少しづつ二輪体質に戻しながら、忙しさや家庭の事を全て飲み込んだ上で、またライダーとしてやっていくことの楽しさを、このイタリアから来たコンパクトなマシンに教えられたのです。

 そう、人生一度きり、何事もやったもの勝ちなのだという事を、本当に思い出させられたヨ。

 ありがとう、F3。

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2012年7月10日 (火)

23年間ためた経験値

 さて、ソフトバンクの「留学生のタダ」にはじまり、エンジン01なんてイベントや、この秋のマンガサミットなど、終わった事、これからある事で「結構最近、鳥取って、来てるよね」なんて事を言う方々が少なからずいらっしゃいます。

 私的にはタダよりもダダA,B,Cの方が良いですし、01と言えばキカイダー以外無いですよね。そして私には県内イベントならば、このイベントをもっとフュチャーして欲しいと思っているイベントがあるんです。

 鳥取県立博物館で今週末より始まる「大きのこ展」!!!

 そのポスターには私の大好きなキノコ、タマゴタケがズズーンッ!それだけでたまらんのです。このキノコ旨いのよね。伝えるところによると、かのカエサルも大好物だったとのこと。私のキノコ好きは過去のエントリー を見ていただくとして、勤務中の営業車の車窓より、真っ赤なタマゴタケのポスターを眺めながら「キノコ狩りって本当に森に目が慣れないと、足元に生えている、アメジスト色のムラサキシメジでも見落としちゃうんだよなぁ~」なんて、夏を飛び越して秋の山へ思いが飛んでいます。でも皆さん、本当ですよ、あんなに鮮やかでも、森の中で目の慣れない人は蹴っ飛ばしちゃうんです。ましてや保護色のシメジ、コウタケ、マツタケ本当に光学迷彩を身に纏った攻殻機動隊なみに見えやしないんです。何事も経験値なんです。

 さて、そんなこんな仕事中の妄想族な私、その私の帰宅後のお仕事と言えば、この前のエントリーの通り、蔵書の整理整頓に明け暮れておりました。その過程で皆様も経験があると思いますが、内容のチェックをしていると、ついつい読み込んでしまい、知らぬ間に時間を取られ「本を整理をしようとして気が付いたら、記憶の無いまま2時間経っていた、きっと宇宙人アブストラクトされたんだ」なんて苦しい言い訳をされた事もありますよね。

 私もついついこの本に虜に・・・もとい、宇宙人に誘拐されちゃたんですよ。

20120710224827 1989年10月第39号Clubman 縦置きVツインの甘美なる世界part2。

 MOTO GUZZI乗りにはバイブルとも言われるこの一冊。
 もちろん、ことある事に引っ張り出しては繰り返し読むこと幾年月、表表紙、背表紙、裏表紙・・・見ての通り、画像の如く随分草臥れてきています。

 この本は、松永家に現存する、私がリアルタイムで買った最古の二輪誌なのです。(後にバックナンバーとして取り寄せた本は除く)これを書棚の「Clubman」の収納位置の最初から始め、この後の号が続いておるのですが、整理整頓の最中もついつい手を取ってしまっていたのです。

 そんな折、この本の64~65頁、亡くなった小野勝司さんのコラムのページに使ってある白黒の印刷の1枚の写真を目にし固まってしまったのです。

 この写真です。

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 ペコちゃん人形のたたずむ部屋に、イタリアンの小排気量車が2台、エンジンが単体で3基・・・手前の一台は、模型仲間の柴田さんが1/9でフルスクラッチで模型化された「モトモリーニ175セッテベロ」そしてその奥の一台が大問題なのです。

 こ・・・この車両・・・私の友人が購入し、今現在を持ってしてもレストア&レーサー化中のF.B Mondialのそのものの車両じゃないか!!!しかもMondialの右横、ハンガーに乗っているエンジンは・・・・よく見るとホンダのRCの6気筒だーっ!!!床に転がっているのはBSAのゴルディのエンジン!!な・・・な・な・な・な・なんだ此処!!!

 23年前にこの本を購入してからつい数日前まで、こんな大事な事に気が付いていなかったんです。あぁ、この数年来、二輪愛好家として解ったようなふりをして、何も解っていないアンポンタンな私。 

 齢45を超え、GUZZI SPORTの門を敲いて23年を超えて、やっと見えるものがある事を学んだこの度の整理整頓。

  「23年殺し」的な小野 勝司さんの謎掛けでもあったわけです。

 謎掛けと言う事でしたら、謎は一つも解けていません。
 関係者の方で、この写真について何か詳細を知っておられる方がおられましたら、連絡いただきたくお願い申し上げ奉ります。

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2011年5月19日 (木)

エリマキトカゲちゃん

 皆さまお久しぶりです。

 今や、Netの中心がこのBlogから、Facebookやtwitterに移行しつつある私です。だって面白いんだもん。

 で、Facebookでお知り合いになったイタリアの方がいらっしゃるんですが、なんでもかつてLaverda社の1000V6時代のデザイナーだった人みたい。そのお知り合いがシェアしてて、私も「イイね」って事でシェアした動画がこのBrittenの動画です。 

  どお?この伝説のモーターサイクルは凄いですよね。そしてこれを作った故ジョン・ブリッテンも私が尊敬して止まない人。あの東北の地震が起きる前に、ニュージーランドのクライストチャーチで地震が起きた時は、「クライストチャーチはBrittenの本境地があったところだ。大丈夫だろうか・・・」と、とっても心配したのでした。

 でもね、このBlogにこの動画をペタッって貼ったのはBrittenの為だけにあらず・・・実はこの動画に含まれているわずか3秒間弱の刹那に、猛烈にノスタルジアを感じたからんです。

 4:27~4:30にかけて写っている、あのエリマキトカゲちゃんカウルをつけた黄色い#105は!!!

 もうね、何度も何度もリプレイです。

 そう、鈴木 誠選手駆るGUZZI SPORT JINGUSHI 1000Rが写っています。

 ジンさんは、このBrittenとも戦っていたのだ。

 なんだか、なんだか・・・目頭が熱くなったのだ。

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2010年12月 1日 (水)

グスン

 オイラ、この動画見ていたら、何だか泣けてきたぞ。

  涙が止まらないのは、何故?

Moto Guzzi, il mito. from dummy on Vimeo.

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2010年11月16日 (火)

捨てる術

 さて、ただ今、私としましては、今身の回りの整理をしておるわけです。(あーそこそこ、ストレートな意味だぞ!深読みはしないようーにっ!!)

 何をしているかって、魔窟の整理中。

 おびただしい数の、本、模型、バイクパーツ・・・それを泣く泣く仕分け中のだ。

 第一弾の本は、買取店へ。とりあえず内容が頭に入っていたり、もう再読しないであろう物を250冊ほど処分してきました。

 そして第二弾、オブジェとして置いていた、これらも捨てる事に。

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 五年以上前か・・・(遠い目)

 岡山国際サーキット(当時は名前はTIサーキット)にて、ホームストレート4速全開で走っていた時に折れたクランク・・・キャレロのチタン・コンロッドはビックエンドがズダボロ&グニューと捩れ、メガサイクルのカムはしっかりと打刻痕がついて、アリアスの鍛造ピストンはスカート部分がペキパキ・・・全てのパーツがなだれ式に壊れていきました。有り体に言えばエンジンブローちゅーやつです。

 もちろん後輪はロック・・・あの時だけは死ぬかと思いました。スキール音と共に左右に蛇行しながら、足を出し転倒しないですみました。

 今となってはサンデレースの一コマとしての思い出。それから大枚をはたいて新エンジンを作り、ロシナンテは生き返り・・・それでも尚、その時の臓物の残骸を今迄捨てられないで持っていたのだ。

 これらの部品って、良い素材と適切な熱処理がしてあって、まるでクリスタルのグラスみたいに「チーンッ」って良い音がするのよね。

 人から見れば、タダのゴミちゃーゴミなんだけど・・・

 う~む・・・・・

 ・・・・

 ・・・

 エイッ!!

 「捨てます。捨てますので」(Byよつば)

 思い出は、心の中だけのものとします。

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2010年11月 1日 (月)

マジ シビレタ・・・カッコイイ・・・

 カッコイイ・・・いや美しい。新型MVの三気筒!!!

 何故にこんなデザインを思いつくのか、イタリア人!!
 流石はミケランジェロやダヴィンチの国です。

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 詳しくはココを見よ→(ポチッとな)

 欲しいなぁ~このマシン・・・あ~なんだか泣けてきた・・・フンフングシュングシュン・・・・

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