剣の道

2017年1月10日 (火)

ヲヤジ的スマートフォン考

 企業のネットが星を覆い電子や光が世界を駆け巡っても国家や民族が消えてなくなるほど情報化されていない近未来” 攻殻機動隊より

 年も明けて10日が過ぎ、日常が帰ってきています。皆様いかがお過ごしでしょうか?

Pwpf29631_2  相も変わらず、公私でバタバタしているそんな私がスマートフォンを導入してほぼ一年の時間が経とうとしています。この一年に満たない間に、すっかりスマートフォン・ジャンキーになってしまった私。

 五歳の息子と共に鳥取港、鳥取城跡に赴き、小冒険のつもりで遊ぶPokémonGO、毎朝食後の10分間を使って、英会話のブラッシュアップするためDuolingoをし、ちょっとした時間があればkindleでビジネス書等の一度読んだら十分なコンテンツに目を通し、Facebookやインスタグラム,Twitterにエントリーをアップロード、画像を撮るのも携帯のカメラで行うことが多くなりました。仕事中にEdynで家庭菜園の状況をチェックする傍ら、その数秒後には持ち株の時価を調べ売買をしている・・・

 「私にとってのスマートフォンって、まるで十徳ナイフのヴィクトリノックスのようなもの?」いえいえ十徳ナイフは使えることは使えるんだけど、そのそれぞれの道具のピンの良いものに比べると今一感があるよね・・・それが無いんです。それぞれのアプリがエッジが効いてて十分に使える。ただし、それが生きるシチュエーションがあります。
 ちょっとした時間に何かツールや物を持ち出したりせずにちょっと何かをする、そんなシチュエーションにはぴったりなんです。私自身の根がギズモ好きなギークというもあります。ハイ

 導入前より色々やっているんですが、睡眠時間はずいぶん伸びています。←ここ大事!気が付けばすっかり朝型人間になっている現実。

 ただ本来の携帯電話としての基本機能は?と問われれば・・・電話として使う頻度はすっかり減っていることに気が付きます。情報端末の付加機能としての電話なんですね。

 攻殻機動隊では前述の一文より物語が始まりますが、スマートフォンで世界につながっている我々は、その作品中で「近未来」と言われていたそんな現代に住んでいるかようですね。

  さあ、ネットは広大です。

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2012年4月23日 (月)

袈裟斬り

 二週間ほど前の事です。私のライフワークの一つ、因幡の国の剣術「雖井蛙流平法」。その演武をお医者さんの剣道大会でやらせて頂く事となったのです。

 その時の映像はこちら。

 恥ずかしい話なのですが、この演武のための準備として、師に稽古を付けていただいている一ヶ月間ちょっと、内心はとても焦っていたのです。「大丈夫か?自分!」と。
 なぜって?
 このお話を持ってこられた、お医者さんの先生も、雖井蛙流平法をよ~く知っておられる方。謂わば玄人さんの目の前で演武をさせて頂くと言う状況に、胃が痛くなるほどの、とても気の引き締まる思いだったのです。

 さて、そんな状況の折であっても、人前で演武をする際には、必ず私が行う決まり事があります。

 この流派の開祖 深尾 角馬 重義 先生へ「往って参ります」の報告の意を含んだ、お墓参りをする事なのです。今回は、演武の三日前、仕事が終わった夕刻に、市内の繁華街に位置する墓所へ、組花を手に伺いました。そして墓前に手を合わせ、演武の無事を祈ったのです。

 そして、その夜の事です。

 その日は明日の夕刻に最終の稽古を控えておりました。時間があれば頭のどこかで、先の稽古で受けた注意事項を反芻しいたのが原因なのでしょうか、眠りに堕ちた後、夢を見たのです。稽古をしている。

 夢の中で、師と私が稽古をしています。そして、少し遠巻きに我々を観ている人がいるのです。何と、師のお父上、故山根 幸恵先生がいらっしゃるのです。山根 幸恵先生と言えば高校の剣道部時代、剣道の厳しい稽古を何度か付けて頂いた事があったのですが、当時の其のままのお姿です。夢の中で稽古が終わり、最後に幸恵先生に挨拶をしている時の事です。私の木剣を手にとられ、あの高校時代に聞いていた声と鳥取弁のしゃべり方で「袈裟斬りちゃーこうだっ!」と言われるや否や、ピュッピュッっと空気を切りながら、私の左右の首の付け根に木剣の刃の物打ちをくりだされ、そこで「ハッ」っと目が覚めました。

 まだ時刻は夜中の三時前、私の枕元の隣では、一才になる息子が起きていてて、丸いお目眼をパッチリ開いて、言葉にならない言葉を「ムニュムニュ」言っておりました。

 息子をあやしながら、「ひょっとして、深尾角馬先生が『頼りなさげに墓参りに来ていたので心配だ、ちょっとだれか稽古つけて来い』と、それで幸恵先生が・・・そして、アッチから来られているそんな雰囲気を察して、一歳の息子は起きていたんじゃないのか・・・」そのような事を考えながら、息子が寝息を立てるのを確認し、天井からぶら下がっている電灯のオレンジ色にボンヤリ光る豆球を眺めながら、そんな自分の妄想に「ニヤリ」としながら、自分も眠りに堕ちていったのでした。

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2011年7月18日 (月)

暑かった・・・ひたすらに暑かった

 一昨日の夕刻と昨日のお昼過ぎに、雖井蛙流の稽古をしました。

 正味の話、滝汗で、ヘロヘロで、フラフラで・・・。
 なんですか!この物凄い暑さ。全国版のニュースでも鳥取37℃って・・・心頭滅却しても涼しくなんて感じる事のできない私は、心底疲労困憊です。稽古前と稽古後で体重が3.5kgも減っていた。それだけ水分と電解質が流れ出たんです。

 ・・・・

 ・・・・・

 ・・・・・・

 はっ!体液の損失って・・・・

 そうか!鷲巣式稽古なのか!←違います。

 冗談はさておき、家に帰ってから水でシャワーで体温を下げ、スポーツドリンクで水分補給するも、その後の睡眠中、足が攣りました。まだまだミネラル流出が激しいようです。

 ミネラルも良いけど、宵の口にはこの前のエントリーで書いたラムでモヒートを作り、それをガブガブ。
 でもって、酔いからの体温上昇でまた滝汗→水シャワーとスポーツドリンクをガブ飲み。その行動を傍から見ている相方は、私を「なんだかなぁ~馬鹿っぽい」と思ったに違いない。

 馬鹿じゃないぞ!この暑さのせいでおかしくなったんだ!

 まあ、馬鹿になった同義ですな・・・。

 と言うくらい暑かった。

 皆様はいかがでしたか?

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2011年3月 6日 (日)

右膝に水が溜まりそうな日曜日

 数ヶ月前から日曜日の午後は、雖井蛙流の小太刀と、疋田新陰流の薙刀を習い始めました。初めは「雖井蛙流の小太刀を・・・」と思っていたのですが、小太刀を教えておられる先生が最初の一時間を小太刀の時間、その次の一時間を薙刀とされているのです。

 貧乏性の私「良い機会。習えるものなら両方習いたい」と、古流の短い獲物と、とっても長い獲物の使い方を習っているんです。

 で、四十路でこのでかい体の問題発生であります。

 両方とも膝を付く技があるんです。しかも「ゴンッ」と勢い良く。

 稽古が終わり、袴をまくってみれば、膝が蒼く腫れている・・・寄る年波と体重とに二時間酷使された膝。こりゃ減量しないと膝を完全に壊しそうな勢い。今はまるで水が溜まったようにブクブクな触感。

 とりあえず湿布。そして来週からはバレーボールの選手が使う膝のプロテクターをつけよう。そして徐々に減量。そうじゃないと技を使えこなせそうにありません。

 自らの身体操縦術って、微妙で難しいほどハマっていくほど面白いんですよ。

 皆様にも、和な体術をやられる事をお薦めします。

 それにしても・・・膝がうずく・・・くはぁ~。 

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2011年3月 1日 (火)

今度は衛星放送で

 半月ほど前、私が習っております古流剣術「雖井蛙流平法」、国営放送のローカル枠で取り扱われた事は報告いたしまた。

 この前の放送では、中国地方限定の放送だったのですが、この度NHK BShiにて放送されるようです。衛星放送なので視聴可能地域は全国に広がりましたが、BShiちゅーことは、地デジ化してないと駄目ですよね・・・

 放送時間は3月2日の午前9時より47分間、ちょっと無理っぽい時間、録画環境が必要ですよね。

 詳細はこちら→(ポチットな)

 とりあえず報告までに。

 では~。

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2011年2月 6日 (日)

剣術の取材

 先週の日曜日と本日の二日間、NHKより雖井蛙流平法の取材があり、微力ながらそのお手伝いをさせていただきました。

 ゲストは俳優で武術家の藤岡 弘さん。

 ちなみに、「こいつは写りが悪いからカット!」と編集され無ければ、今の段階ではどの程度かわかりませんが、私も番組に出ている・・・かもです。放送は2月18日の午後8時からと聞いています。ただ、中国地方限定のようです。

 心掛けとして、なるべく普段通りに稽古をして演武をするように心掛けたのですが、いかんせんこの取材の前に腸感冒で著しく体調を崩し、自分でもベストと言える体調でなかったのは悔やまれる所です。

 でも終わった事を言っていても仕方ないので、コレを反省点とし、体調管理に万全を期すようにもっと日頃から心掛ける事とします。

 「普段通り」と言いつつも、今、二週に亘るこの取材が終わり、ちと肩の荷が下りた感があるのは、私はマダマダちゅー事の証明でもありますね。

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2010年5月 4日 (火)

演武報告

 さてさて、一日遅れての京都での演武報告です。

 朝の3時半に自宅を出発し、6時前には京都に到着。6時半からの営業の出町柳の市営駐車場に車を突っ込むと、京阪地下鉄の出町柳駅から地下鉄に乗る事一駅。神宮丸太町駅から徒歩10分の所に京都武徳殿があります。

 7時過ぎに会場へ到着。その受付時。

 「松永先生、本日はおめでとうございます」と受付係の方から、挨拶されます。

 帰宅した時、オフクロにこのように「おめでとう」と言われたと報告すれば、お花の大会でも「おめでとうございますって言うから、それと同じなんじゃな?出られることが誉れなんじゃないの?」と、自覚が無かったんですが、そうなんですよね、この挨拶ちゅーことは。

 そしてパンフを見ると何と出番は東の十二番目・・・えっ?わかり辛いですか、京都武徳殿は玉座があり、そこに向かって右側が東、左側を西と試合会場がそれぞれ二面作られています。一面につき三組が演武の奉納となりますので、我々は四番目の出番です。

 開会式に参列後、早速、古流の演武が始まります。なんだかあっと言う間に呼び出しがかかりスタンバイ。演武開始です。

 実はこの演武中、万に一つも起きない事が起きました。五乱太刀之分の二本目「稲妻」を実演中の事です。をぉっと、その前に「稲妻」技の説明をしますね。先ずね、日本刀の刀身の膨らみの事を鎬(シノギ)って言うんですけど、それを使って、まっすぐ斬りかかって来る相手の刃に対して、こちらもまっすぐ斬りかかり、自分の鎬の僅かな厚みで相手の鎬を弾き、相手の剣筋を殺し私の切先を相手よりも早く相手の急所(この場合は頭の正中線)に斬り込む事を「斬り落とし」って言うんです。いいですか、この「斬り落とし」の技が雖井蛙流の「稲妻」って技なのです。
 多分、日本刀の切先の鎬と鎬がトップスピードでぶつかった時に、火花が散ってその様が技の名前になったんだと思います。

 で、その「稲妻」実演時、鎬では無くて師と私の木剣の切先の一点同士で刃がぶつかり、師すらも上体がぶれるほどの反動。ここはさっと立て直し、直ぐにその次の動きへつなげ事なきを得ました。

 その後の演武も恙無く終わり、演武終了後。「いや~刀の先の一点でぶつかるなんて事がこの本番の本番で起きるなんて、やっぱりこんな施設は何かあるんだな」と言われる師に対し「駄目だったのでしょうか・・・」と答えれば。
 「いや、コレでいい、嘘を斬ってなくて、お互いが相手の正中線をねらって眉間まで斬り込んだのだから、これは実戦で起きうる事。と、言うかちゃんとお前が斬れる様になっていたから切先同士が当たったんだ。お互いがちゃんと斬れてないと、切先同士がさっきのようにぶつかる事はありえない、なので上出来」と。

 5分ほどの出番でお仕事終了です。その後、他流派の演武をじっと観察中。

 その中で、師と私が目が釘づけになったのは、水鷗流居合剣術でした。

 抜刀のスピード、鎬を使った刀の理合い、間積もり、それを我々のような木剣では無く、刃引きの日本刀でやられておりました。

 師はその演武をやられているお二人の一挙手一投足に渇目し「う~ん・・・」と唸っておられるのです。

 その演武が終わるの確認し「先生、水鷗流とは?」と尋ねれば、「フィクションだけれど拝一刀が水鷗流の使い手だよ」と。

 いい話でしょうzukaさん、zukaさんに見せたかった・・・。

 そんなこんなで10時には会場を後にし、出町柳の駐車場の前にある「ふたば」で京土産と言ったら「ふたばの豆もち」とばかり行列に30分弱並び、豆もちをゲットし家路へと急ぐのだった・・・・

 しかし、その復路、中国道のオニ渋滞で11時前に京都を出発できたにもかかわらず、家に到着したのは午後4時半過ぎだったのだ。

 渋滞に負けた・・・。

 ちかれた・・・。 

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2010年5月 2日 (日)

さて、京に上るのだ!

 本日は朝の八時から京都の武徳殿にて、雖井蛙流の演武をしてまいります。

 ここ数日、色々ハードでした。ルーティン仕事に、演武の稽古に、料亭の仕事、フランス語会話の教室と、トレーニング。

 それらを乗り越え終に本日が本番。これからちょい仮眠して、朝の三時に京へ目掛け出発です。

 もちろん京での演武の報告の為、開祖、深尾角馬先生のお墓参りも済ませました。

 後はやるベス!

 「人知を尽くして天命を待つ」

 報告は明日のエントリーにて。

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2010年3月16日 (火)

五月二日は

 五月二日は順当に行けば筑波MAXに出走予定だったのですが、すこし前にも言いましたように、ちょっと無理となりました。

 実は、今年も師と共に京都へ剣術演武へと伺います。それが五月二日なのです。

 今年は、昨年よりももっとピシッとやりたいのです。そうなるとね、限界を超える為にヘロヘロになるまで稽古しかないのです。多分そんな稽古が今週あたりから始まると思います。

 あぁ・・・皆とレースしたい・・・でもね自分の欲望よりも、今すべき事としての剣術なのです。 

 残念ですが身体は一つ。筑波の皆様ごめんなさい。秋には必ず行きますのでそれまで待っていてくださいね。

 やるしかない。

 

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2010年1月22日 (金)

これが因幡の国の剣術です

 さて、八方手を尽くし、やっとの事でYouTubeに私が学んでいる剣術の動画がアップロードできました。

  この前から騒いでいた隠し球その弐ってやつです。

 その動画を観ながら、あぁ・・・二本目と三本目の斬り結びで、刃の合う空中を狙っていて、師の眉間に討ちこんでいない・・・アカンやん自分と(;;;´Д`)、玄人の目で見ればそんな動画なのですが、「松永は、毎週土曜日こんなことしてるんかいな」そんな雰囲気は十分わかっていただけると思います。

 場所は鳥取市内の天徳寺と言うお寺さんの本堂で、時は昨年の11月、このお寺の開山忌の奉納演武として行ったものです。実はこの演武をいたしました本堂は、40年前は鳥取の武徳殿の建物だった過去があり、40年前に老朽化のためそれを移築、改修され天徳寺の本堂となり現在に至っているのです。
 「この建物と縁のある因幡藩の剣術たる雖井蛙流を、旧武徳殿の建物で披露して欲しい」との方丈さんからご依頼があり、我が師もその依頼に応えたちゅー訳なのです。

 技の名前、我々が何やっているかは、過去のエントリー「鎬を削る」を読んでもらうとして、これがサンデーレースと同じく、私のライフワークの一つ、雖井蛙流平法です。

 それではご覧下さい。

 あ゛~なぜだか、音がちょっとずれてますね。

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