音楽

2009年7月19日 (日)

古の楽器

 昨日はチョイ古なバロックな楽器、チェンバロ(英名ハープシーコード)のソロコンサートを聴いてきました。

 本当に爪弾くような音色の落ち着いた演奏会でした。

 16世紀や17世紀は、やんごとなき方々の邸宅ではこのような音楽が流れていたのでしょうねぇ~。

 構造がピアノ線をフェルトのハンマーで叩いて音が出るのピアノとは違い、小さな樹脂製の爪が金属線を引っ掛け弾いて音が出る構造上、強く&弱くといった音の強弱が付けにくい楽器ゆえ、ダイナミックさと言う事では現代のピアノやヴァイオリンに分がありるように感じられたのですが、ただ言うのは簡単。よく考えれば私だって、土俵を二輪にしてみれば、旧いがゆえに現代のマシンと比べれば、走らなくて、フレームはブルブル震えて、ブレーキの利かないマシンに対して心血を注いでいるのと同じく、演奏者の方の並々ならないチャンバロへの愛が演奏中にあったように聴こえていました。

 さてさて、コンサート後はバーへ行き、この時期の桃を使ったカクテル「ベリーニ」と、シェリーの甘いのを飲んで家路へ。

 音楽と程よいアルコールで、本日はぐっすり眠れそうです。

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2009年4月29日 (水)

辛抱たまらんのです

Theboatthatrocked  今ね、私の中で一番公開が待ち遠しい映画があるんですよ。

 それはこの作品、リチャード・カーティス監督の“The Boat That Rocked”と言う映画なんです。

 予告編のナレーションを訳せば、「1966年、アメリカでは571局に及ぶラジオ局が24時間ロックンロールを流していたまさにその時、ビートルズやローリング・ストーンズの母国イギリスでは、一隻の船からの放送でしかこれら音楽を聴く方法が無かったのである・・・」と、ロックを電波に乗せることを規制したい政府と、それに対抗する、オフショアな海賊放送局のお話です。これをお読みの中で「そんな馬鹿な・・・」と思われる方もおられるでしょう。でもね、ちょっと思いをめぐらすと、小十年前にもそんな事がありましたよね。そう9・11のNYテロの後、ジョン・レノン「イマジン」が米国で放送禁止歌になりましたよね(ノ_-。)。

 しかし“The Boat That Rocked”ってイカす題ですよね。

 直訳すれば、「その船が揺れていた」って事になるんだけど、ただ船が揺れているって言う情景だけではなくて“rock”って英単語は、(人・社会を)動揺[動転]させる、そして(人を)感動させる、もちろんロックを演奏する(この場合は世の中に流したって事かな)って意味もあるんです。しかも唯の船じゃない定冠詞の“The”付きですよ。

 シンプルな単語な組み合わせで、色々な意味が掛かっている。こういった題が付いているあたり、ただ事じゃない感じが大いにしますよねぇ〜。

 音楽で、体制や今の自分の置かれている現状にに立ち向かう・・・音楽映画で同じジャンルの映画と言えば、アイルランドの若者が「俺たちゃ、職無し、金無し、彼女無し、だからソウルやろうぜっ!」とソウル・ミュージックでのし上がっていくアラン・パーカー監督の“The Commitments”や、ジョン・ランディス監督の金字塔、コメディーと音楽で国内の保守派に噛み付いた“The Blues Brothers”がそれにあたります。

 「バイク乗り」と言う存在も、その行為の本質はアウトサイダーたるべきではないのかなと思う一人で御座います。つーか、ちょっと考えただけでも周りに“The Biker who Rocked”とか呼ばれちゃうような御仁が、いっぱいおられます。(Rockedって別にチャッタっている訳ではない)

 そんなバイク乗りで、音楽好きなこのBlogの読者の方は・・・と言う事で私の頭に浮かぶ方々・・・電気屋さん、まさっちさん、ドリー番長、VCEさんや、zackinoさん、福岡のSKJ(スーパークソジジイ)ことkazさん、そして先日のこのコメントで私に「後悔せず!引かぬ媚びぬ省みぬ!」と説いてくれたおと〜るさん、ロックと言うより日頃からパンクなzukaさんも、そしてアルトサックス修行中で太鼓の達人 沢庵和尚さん、ジョン・ボーナム命のゾンネンキンダーさん、これは是非に言う意味で名前を上げさせて頂きましたが、名前が挙がらなかったこのBlogの読者の皆様も、とりあえずこの予告編を観て欲しいんです。

 apple版はココをポチッっと→。(要Quick Time)

 映画のHPに用意されているトレーラーはココをポチッっと→

 HP内にもVIDEO CLIPSって言うところがあって、そこに長尺版の予告編とか楽しい動画が用意されているのでそこも観て下さい。HPはココ→

 ね、すごい映画のような予感がしませんか?私にはこのトレーラーからそんな匂いがするんですよ。

 英国ではこの4月の公開、米国では8月公開のようです。では日本はいつ公開になるのでしょうか?

 あ゛〜っ辛抱たまらん!!配給会社の方、一刻も早い公開を希望です。

 お願いします〜m(_ _)m。

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2009年2月21日 (土)

ヒエロニムス・ボスはタテノリで鑑賞

  皆様はルネサンス期のネーデルランドの画家「ヒエロニムス・ボス」ってしっていらっしゃいますか?私は大好きなんです、中・高生の時、美術書で見た「快楽の園・地獄」って言う絵は、そりゃある意味トラウマになるくらいただならぬ絵なんです。

180pxhieronymus_bosch__the_garden_2  これです。

 おぞましきこの世界、服を剥がれて化け物どもに拷問の責めを負う人々、遠景の燃え盛る家々。

 あの漫画家の大友 克洋先生もこれらの化け物を短編作品の「ヘンゼルとグレーテル」の作中に登場させているくらい、一度見たら夢に見るようなインパクト。

 実はかつてこのBlogで「これらの化け物キャラクターがフィギュアになっているので欲しい~」と告白した事がありますが、値段が高くて未だ手が出せないでいるんです。

 ルネサンス期(15世紀~16世紀)といえば、アート表現としてのまだまだシュールレアリズムなんて存在すらしていない頃、その時代にこの絵ってすごいと思いませんか。

 さてさて、ここからが本題です。

 実は昨日、zukaさんがmixiにてこれから紹介する画像を日記に貼り付けておられたのです。

 それを観た私は大感激!!!すぐに連絡をとり、いつものように濃いお話をし、ぜひzukaさんのマイミク以外の人にもこの作品を啓蒙すべきと話し、ここにその映像を紹介しようといたったわけなんです。

 タテノリ系のハードロックのPVなのですが、舞台は初めに紹介いたしましたボスの絵「快楽の園 地獄」が舞台となっていいるんです。良いですか思いっきりクオリティー高いです。意地悪な見方かもしれませんが、粗を探そうと二十回くらい見ても隙が無いんです。

 ある意味恐るべきPV・・・こんな悪魔的でそれでいて絵と音楽がぴったりあった作品は珍しいです。

 本当に前置きが長くなりましたね。それではどうぞ。お楽しみください。

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2008年2月29日 (金)

明日の夕刻、コンサートは如何?(号外)

 二輪仲間で、二輪模型もお友達、最近はNetでつながる筋トレ軍団の東の勇(ちなみに西の勇は言わずと知れた番長ドリーさん)でもあるSUZUKIさんが、コンサートにサックスプレーヤーとして出演されるようです。

 詳しくはSUZUKIさんのHPをどうぞ。ここをポチッとな→

 料金は無料で、日時は3月1日17:00開演、場所は新橋のヤクルトホールです。

 先ほど電話でお話したのですが、ギョーカイの地位もお金もある方々が、大人気ない程の熱の入れようらしく、記念のためにDVD撮り(聞く所によると二枚組み)とかもやっちゃうとの事、「どこのプロのコンサートやねん」ってツッコミが入りますよ普通(いやプロなんですよSUZUKIさんは)。

 でもね、この普通じゃない感じが良いんです。いや~大人が遊んでいるって良いなぁ~。

 「をっ、明日のこの時間空いている」ちゅー東京の方々、如何でしょうか。

 明日は土曜日ですが、私、仕事です・・・。(涙) 

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2008年2月20日 (水)

中学時代の思ひ出

 今は昔、私の中学時代、近所の同級生が持っていたLPレコードを友人達と良く聴いておりました。

 そのアーティストは「お昼休みはウキウキウォチング~♪」なんて番組を始めるずっと前、密室芸人と呼ばれ、漫画家・赤塚不二夫先生をパトロンとして生活をしていたタモリその人である。

 そのレコードの題は、そのものずばり「TAMORI」。そこには日本語にならない花もげら語による、TV&ラジオ放送形式のコメディーの数々。特にラジオ番組ネタは、エフェクトとして入れられたノイズの入り具合も、かつて耳を澄まして聴いていたオールナイト・ニッポンとかを思い出す始末・・・そう、日本海側にお住みで、40代以上の方々には懐かしいような切ないような思い出、ラジオの深夜放送を聴いている時、音が途中で篭もったり、ノイズが入ったり、外国語(ハングルや中国語)の放送が混信する中、音を一つ一つ拾うように耳を澄まして番組を聴いていた、そんな感じです。

 国営放送のパロディー、花もげら語による相撲実況、四ヶ国語麻雀、電気屋さんならば絶対笑われるであろう、世界の短波放送ネタ・・・・中学生の多感な時期にハマっていました。

 その時代から幾年月、この日曜日に厄年を迎えた正にその日、またまたAMAZONから正確無比なピンポイント爆撃の如くのお薦めが参りました。

 かつてのこのLPが、CDとなりソニー・ミュージックより再販との事。AMAZONグッジョブです。自分のための誕生日プレゼントとして「ポチッ」っとしてしまいました。

 そして、昨日、会社から帰り聴きました。懐かしい・・・何もかも懐かしい(by沖田艦長)、不条理でナンセンスなネタの数々・・・記憶よりもずっと繊細なタモリのネタ。

 大笑いと言うよりも、「ニヤリ」としたり、「プッ」っと吹き出したり、インテリ系のお笑いなのだ。

 気になって、オリジナル版の発売年月日を調べると77年発売、と言う事は私達が聞いていたのは発売されてから少なくとも3年は経ってたんだ・・・なんて感慨にふけります。やっぱり70年代サイコーッ!!ただ、ネタ自体がどうしても20代の若い人向けではありません。元ネタを理解できないと笑えないギャグも多々あるのです。それは時代性と言う物ですのご了承を。自動車保険ではありませんが35歳以上限定です。(笑)

 惜しむらくは、LPも初版で発売禁止になった「TAMORI 3 戦後日本歌謡史」の再販を強く希望するところです。

 「発禁なのに聴いたの?」って、その友人ちゃんと持っていました、その発禁LP。

 このようにして、今の私の趣味嗜好が形作られていったのだ。

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2008年1月28日 (月)

TepMeH

 この前のエントリー“やつがかえってくる”に書きました通り、この土曜日、甥と一緒にテルミン作りました。

 彼にとっては初めての本格的な工作だったみたいで、ドライバーの使い方も分からなきゃ、組み立て設計図の小学校一年生には難しい漢字の読み「これなんて読むの~」と苦労していました。でもあくまで私の役目はアシスト、出来なくて困っていても「こうやってみたら?」とアドバイス(例えば複数本のビスで基盤を本体に固定する時は、全てのビスをゆるめに付けてから、対角線上にそれぞれのビスにトルクを掛けてきめていくとか)して補助はしますが、組み立ては彼の手で、これが私の基本です。

 ただチューニングだけは、彼では無理。つーか説明書を見ながらのみならば、私でも上手くできません。出来たような駄目なような・・・本当にこれで良いのか不安になりましたので最後の手段、学研のHPのチューニング動画を参考にしました。

 でもね、「よしっ決まった」と思っても左手の微妙な位置とかでチューニングが狂うので、七歳の甥には我慢がならないのだ。そうなると演奏なんて程遠く、ただ、ブゥ~ゥ~ゥ~ピィ~と音域の変わるのを面白がって遊ぶのみ、手の位置を固定して、アンテナをビヨンビヨンしたりして音の変わるのを楽しんでいます。そうなると黙っていられないのが三歳の姪。「アタチにもやらせて」と甥を、彼が座っている椅子から押し出してテルミンを奪おうとします。20080127144602

 目論見通り、お兄ちゃんからテルミンを奪い、ご満悦の姪。

 やっぱり二人目はタフだなぁ~。頑張れ!お兄ちゃん。

 私はもっと映画なんかで使われているよなポワ~ンとした音を期待していたのですが、甥姪と遊びながら音を聞いてみると、このテルミンminiは、なんだか下手なバイオリンのような音がします・・・まあね、値段が値段ですし、こんなにちっちゃなスピーカーじゃそこまで求める方が無茶って言うもんですよね。

 ただ、彼らのみならず私も結構はまっているのだ。「一曲で良いのでちゃんと弾いてやる」と久々に音楽魂に火が付きました。幼稚園の年少から中学卒業までやっていたピアノ・・・その旧い記憶を取り戻すのだ!!錆び付いてて無理?

 もしや!と思い演奏映像をNETで探すと、学研のHPにもありますが、私が特に感心したのは「アヴェ・マリア」演奏されているこの方です。素晴らしいの一言。この音域のテルミンminiをここまで。「弘法筆を選ばず」ですね。

 またもやとお思いかもしれませんが、言わずと知れたYouTube画像にてご覧ください。

 なんだか甥に工作の楽しさを教えるつもりで購入したのですが、私がはまってしまうと言う結果になりました。

 ミイラ取りがミイラに・・・とは、まさにこの事ですね。

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2005年10月19日 (水)

魔笛

 仕事で取引先の会社に徒歩で向っている途中、秋晴れで湿度も低く気持ちいいので、ついつい口笛を吹きながらの移動となっていた。

 曲目は私が愛して止まないモーツァルトのオペラ『魔笛』だったのですが、ちょうど魔笛を主人公のタミーノが吹くフレーズを口笛でなぞり、吹いていたところ、信号で待っていたおば様がチラッとこっちを見て、「魔笛ですか」とニッコリされた。

 「えぇ」と答えながら、別に注意されたわけではないのだがバツが悪く、口笛を止め、脳内i-pod(つまり妄想)で続きを再生し、取引先までの散歩を楽しんだ。

 でもなんだか、ちゃんと私の口笛が魔笛になって聴こえているのかと解り、嬉しかったりもする、昨日の午前9:45過ぎでした。

 よーし、今日は“フィガロの結婚”でいくぞ。予習のために一度CD聴いておくか、あっ・・・言い方が間違いですね。脳内i-podにダウンロードするか。←(これが正解)

 このBlogのポッドキャスティング化も真剣に検討中です。ポッドキャスティング化の暁には松永が贈る、口笛版歌劇『魔笛』なんてどうでしょう。だめ・・・? 

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2005年9月24日 (土)

夜間戦闘機は音楽つながり

 夕方、車を運転中、FMからベートーヴェンの「月光」が流れてきた。曲が終わったあと、夜間戦闘機「月光」の事が気になり始め、タミヤが出している1/48世界の傑作機シリーズの模型が欲しくなった。

 ご丁寧に、前期型後期型それと機首にレーダーが装備された甲型がラインナップされている。

 カタログを見ていると、ドイツの夜間戦闘機「ウーフー(独語で「梟」の意)」もラインナップされているようだ。

 斜め銃つながりでこちら捨てがたい。 ちなみに斜め銃のことを独語では「シュレーゲ・ムジーク」斜めの音楽つまりジャズと呼ばれていた。

 今、頭の中で「こうたやめた音頭」を踊っている。

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2005年8月10日 (水)

速いからや

「松永選手は、なんでMOTO GUZZIでレースやっとるん?」

 今からさかのぼる事、もう4~5年前になるだろうか。その当時、私が出走しているレースクラスACT(Air Cooled Twinつまり空冷二気筒エンジンのバイク)クラスの常勝ライダー、愛媛の阿部さんの質問です。岡山のTIサーキット(今は名前が変わって岡山国際サーキット)で氏はMOTO GUZZI使いとして、敵無しの時期でありました。

 私が答えに困っていると、「『速いからや』って答えんでどうする!」と笑いながらも目は真剣です。そしてこう続けられたのです。

「音楽で100万枚とか200万枚売れているドーデモいい曲が世の中には仰山さんある。一方、年間何枚売れているのっていうJAZZも片方である。どう考えても商業的にはJAZZの完敗や。でもなんで、そのJAZZがこの世から無くならないで今なお評価され続けていられるのは、それは音楽的な本質がちゃんとしてるからとちゃうかな。音楽性の実験とその実践で、音楽の一番先っぽのエッジの部分で今なお歩みを止めず、進歩しているのがJAZZ、しかもBeBopやで」

「それと同じでレーシングマシンの本質は何や?そう『速さ』やろ。『好きです』って理由もええけど、こんなけったいなオートバイでレースしてて、このマシンが『好きです』なんて動機はあたりまえやん、普通の人とは違う選択をしているからこそなお、その物の本質、『速いからや』と答えられへんとあかんのと違うかな?」

 その時の私は現在の私ほどまだレースに対してハングリーでなく、ましてや速くも無く、自分に問いかけてもらっているのに、ただ「この人すごい人だぁ~。ちょっと自分とは次元の違う話だ」と距離をおいて聞いていた処があの時はあったなと、今現在になって気が付き、もっとはやく解っていればと後悔の日々です。この会話中、「この本読めば速よなるわいっ」と紹介されたのが“そして、風が走りぬけて行った-天才ジャズピアニスト・守安祥太郎の生涯”という本です。

 ・・・何度も読み返しました。しかも頻繁に読むようになったのは、やはり去年の転倒後からです、レースが近くなるときまって枕元に置き、寝る前に読むのです。何度も何度も・・・

 この話の後しばらくして、阿部さんはサンデーレースをきっぱりと止められました。アルトサックスを精進されていると伝え聞いています。今でもたまに電話すると開口一番「松永選手、コルトレーン聴いてるか?BeBopは理解できたか?」と・・・。

 私の答えは「まだまだ僕には解りません」

 かつてこのBlogに真っ暗な道を照らしてくれる人の記事を書きました。私は阿部さんにレースを引退されてから直接会ってはいませんが、私にとって未だしっかりと道を照らしてくれている一人なのです。

 最近やっと他の人から「いやー松永さん、最近速よなったよねぇ~」と言われるようになってきました。

 私は「もともとGUZZIは速かったんですけど、ライダーが屁たれだったんですわ。でも自分的にはまだまだです」(未だBeBopを理解して無いように(心の声))と答える。

 そうMOTO GUZZIは速いのである

PS:もう一冊、レースが近くなると読まずにはいられない本があります。サン・テクジュペリの“夜間飛行”です。 やはり私は気が弱いのですね・・・。レース前には、この二冊の依存症となるのです。

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2005年7月30日 (土)

Cavalleria rusticana

 火の玉ライダーと呼ばれ、ポテンシャル的には決して優れているとは言えないマシンで出来る限りの速さで駆け抜けていった男・・・タルクィニオ・プロヴィーニ・・・私たちにはイタリアの二輪模型メーカー『Protar』の社長さんと言った方が馴染み深いですよね。私は縁があって、ProtarJapanの岡部和生社長にかまってもらえる間柄となり、模型クラブ『不老隊』の隊長なんてものにも担ぎ上げられていました。

 何しろこの私でさえ1967年生まれで、氏の全盛、日本の鈴鹿サーキットに来た63年の日本GPはまだ影も形も無かったのであ~る。

 そして、今年の1月6日、我らのプロヴィーニが亡くなった。だれも予想してない突然の出来事でした。悲しみに打ちひしがれた岡部さん・・・私は随分心配しました。一時期、あちらからは手紙、こちらからは返信で電話をかけるといった事が、毎日のように続いた時期もありました。そのやり取りの中で、プロヴィーニの人となり、決して裕福ではない田舎出の人でしたが、その胸の内にあった騎士道精神、頓知の利いた行動を取り、周りの人を煙に撒く人柄・・・そんあ岡部さんの思い出話が続きました・・・。

 今、仲間内で来年の1月6日までにプロターの模型をそれぞれ作って、プロヴィーニ御大の一周忌はそれらを持ち寄ろうという話が出ています。

 私の作る模型は心の中で決まっています。プロヴィーニが最後に乗ったBenelli250/4・・・。

 1963年のMotoMoriniで250ccクラスで世界ランキング2位となるが、翌64年はMoriniがGP活動を休止することとなりました。プロヴィーニにはこの時、二つの話が来ていたそうです。ヤマハのライダーとなるかイタリアのBenelliのそれとなるか。プロヴィーニはここで彼にとっては不利益となる選択をします。Benelliのライダーとなることを選んだのです。「胸の内の愛国心がそうさせた。」と後に岡部さんにプロヴィーニ自身が言われたそうです。プロヴィーニは自分の乗るBenelliのマシンをつや消しグレーの爆弾の塗料で塗装します。「爆弾に火の玉が乗るんだ!!」スクリーンとカウリングの段差にはビニールテープを巻いて空気抵抗を少しでも無くそうとする。ゼッケンの横に小さな丸を書く。「Buco del culo(尻の穴)だ。ちんたら走っているとここに突っ込むぞ!」と笑いながら話されたそうです。

 昨日のことです、一周忌のことで仕事の合間、岡部さんに携帯電話を架けていた時、

岡部さん:「この前、テレビでイタリアの教会の事をやっていたんだけど、教会にねシンプルな丸があるんですよ・・・窓だそうなんだけど・・・それをね『神の目』って言うらしいんだ。プロヴィーニはこのことをもちろん知っていてさ、わざと逆説的な意味で『尻の穴』なんて言っていたんじゃないかなって今頃になって気が付いたんだ。」

私:「そうですよね、プロヴィーニさんらしいですよね。」

岡部さん:「いつもこんな具合なんだ。本当のことを最後まで言わないで・・・でもね・・・昨日夢の中にプロヴィーニが出て来てね、笑ってたんですよ・・・。」

 その懐かしむような、嬉しそうでもありちょっと切ない岡部さんの言葉に、不覚にも熱いモノがこみ上げてきました。それを悟られないように早々に話を切り上げ電話を切ってしまいました。

 プロヴィーニ自身、台頭してきた日本車に負けじと人馬一体となり奮起したこの時代。マシンに施された、まるで自らを背水の陣に置くが如くのカラーリング。自分で考えうる良い効果の出ることはすべてやろうと貼ったビニールテープ、ゼッケン横の『尻の穴』マーキング。プロヴィーニの執念、岡部さんの思い、これらを私が理解し、この手の中で表現することができるであろうか・・・。

 今日のBlogの題“Cavalleria rusticana”とはピエトロ・マスカーニ作曲のオペラの題名です。意味は「田舎者の騎士道」となります。映画“レイジング・ブル”のテーマ曲となったのは、このオペラの交響的間奏曲で、あのカラヤンも愛した美しく切ない曲です。

 後にプロヴィーニは、イタリア政府よりカバリエレ勲章を送られ本物のカバリエレ(騎士)となったのです・・・。

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