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2012年4月

2012年4月30日 (月)

B.D.の源流を其処に見た

 この週末は大学時代の寄り合いがあり、東京に行っておりました。

 その集まりは、18時からの開始であったのですが、遠隔地からの参加の私としては、ギリギリに動いていたのでは、何かトラブルがあったらそれで「ごめんなさい」となってしまいます。日頃の仕事から、他人様のリスク管理提案などしている私がそのような事になれば、将に「紺屋の白袴」ちゅー事なので、早起きをして、一便の鳥取→羽田の飛行機に乗り、余裕を持って10時前には都心をうろついておりました。

 ただ、ブラブラしていた訳ではありません。見てみたい展覧会を事前にピックアップ、折角の東京です、地方都市ではおよそ楽しめない楽しみで時間を過ごそうとしたのです。

 今、東京で私が行きたかった展覧会は、ボストン美術館の例の展覧会と、片や、小さくて地味なのですか、どうしても私の琴線に引掛かって仕方が無かった展覧会がもう一つあったのです。

 練馬区立美術館で行われたおります、「鹿島茂コレクション2 バルビエ×ラブルール展」でした。

 時間的に、そして距離的にこの二つに行くのは無理です。どちらに行くかと言う事で、飛行機の中まで悩んでおりました。その時手に取った、全日空の機内誌「翼の王国」に、鹿島茂氏自身のよるところの、バルビエ×ラブルール展の特集記事が掲載されているではないですか。
 もうこの記事を読んで、私のゴーストは囁きまくりです。「ボストン美術館展はこの後、名古屋でもあって大阪でもある。でも、バルビエ×ラブルール展は、もしかするとこれが一生で最後の機会かも知れない。この展覧会に引っかかった自分の審美眼を信じ、行動せよ」と。

 で、東京の土を踏みしめると同時に練馬区立美術館へ向かったのです。

 感想は・・・映画好き、B.D.(フレンチコミック)好きな人はMUST。

 よかった・・・本当によかった。

 このまえなくなった、B.D.の巨匠、ジャン・ジロー(メビウス)の源流を見た気がしました。舞台の衣装デザイン画は、後のハリウッドの衣装デザイン画其のまま、ストーリーボードなんか言わずもがな。またその一世紀前の少量印刷物のクオリティーがハンパ無い。

 とにかく、いける事の可能な人は行ってみて欲しい。本当に素晴らしいんです。私なんか、美しさと緻密さと、鹿島茂氏のコレクター魂に、溜息が出っ放しとなったのです。

 こういった深~く深~く掘り下げられた分野において、東京に対してどんな都市もかなわないのが現実です。

 えぇモン拝ませていただきました。

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2012年4月27日 (金)

ポスター

 鳥取の模型屋さんアクシズさんのHPに行ってみると。

 ギャーッ!!

 私が去年作って、金賞を頂いたガンダムに出てくるモビルアーマーの完成品が、今年の模型展示会「ガンパク9」のポスターになっておりまする~。

 何ともありがたやぁ~。

 アクシズさんのHPはこちら→(ポチッとな)

 私の模型製作のモットーとは、
 「クローズアップに耐えられる仕上げ」
 之なのです。

 アップに耐えてちゃんと仕事できておりますかな。私のビグザムちゃん。

 あぁ~ポスター画像ををじっと見ていたら、「あの時はこうだった・・・完成間際にアンテナが折れた・・・シンナーの飛沫が完成塗膜に飛んて、サフから塗りなおした・・・」そんな事が走馬灯のようにグルグルグルグル・・・さて、バターになっちゃう前に今年は何作ろう・・・。

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2012年4月26日 (木)

レベルアップ音

 最近はめっきりゲームしなくなっちゃいました。
 一時期、あれだけやってたのに・・・。
 ロールプレイングゲームとかやっておりますと、自分のアバターたる主人公の技量が上がるとレベルアップちゅー事になるんですが、その時の効果音って耳に焼き付いてるんですよ。

 チャチャチャチャチャチャ~ン♪(ドラクエ)とかね。

 さて、今週に入り、狭い昭和レトロなアパートから、広い実家に帰って、一歳一ヶ月となる息子も動ける空間の違い気が付いているのかどうかは解りかねますが、急に運動の活性が上がってまいりました。

 先週までは掴まり立ちから二三歩ヨチヨチ~ぺタッっと座り込む状態であったのに、あれよあれよと言う間に、ひょこひょこ歩くようになりました。体の制御プログラムのアップデートが頻繁に行われている模様。月曜日から数えて4日目で、今では手に物を持って普通に歩くようになりました。

 お風呂の時に身体を観察しますと、骨格、筋肉のつき具合と、ずいぶんしっかりした体格となってきました。もう赤ん坊ではなく、「小さい人」となってきてます。

 親馬鹿と言われるのを承知で、この小さい人の太一が何かできるようになる度、私の脳内では、先ほどのレベルアップ音が鳴り響いているのです。

 小さくたって大丈夫、あのフロド・バキンズだって、小さい身体で滅びの山まで行って帰ってきたんですから。

 そんな風に思う私、親馬鹿以前に、社会人として、責任ある親としてどうか?と言う意見もありますね。

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2012年4月23日 (月)

袈裟斬り

 二週間ほど前の事です。私のライフワークの一つ、因幡の国の剣術「雖井蛙流平法」。その演武をお医者さんの剣道大会でやらせて頂く事となったのです。

 その時の映像はこちら。

 恥ずかしい話なのですが、この演武のための準備として、師に稽古を付けていただいている一ヶ月間ちょっと、内心はとても焦っていたのです。「大丈夫か?自分!」と。
 なぜって?
 このお話を持ってこられた、お医者さんの先生も、雖井蛙流平法をよ~く知っておられる方。謂わば玄人さんの目の前で演武をさせて頂くと言う状況に、胃が痛くなるほどの、とても気の引き締まる思いだったのです。

 さて、そんな状況の折であっても、人前で演武をする際には、必ず私が行う決まり事があります。

 この流派の開祖 深尾 角馬 重義 先生へ「往って参ります」の報告の意を含んだ、お墓参りをする事なのです。今回は、演武の三日前、仕事が終わった夕刻に、市内の繁華街に位置する墓所へ、組花を手に伺いました。そして墓前に手を合わせ、演武の無事を祈ったのです。

 そして、その夜の事です。

 その日は明日の夕刻に最終の稽古を控えておりました。時間があれば頭のどこかで、先の稽古で受けた注意事項を反芻しいたのが原因なのでしょうか、眠りに堕ちた後、夢を見たのです。稽古をしている。

 夢の中で、師と私が稽古をしています。そして、少し遠巻きに我々を観ている人がいるのです。何と、師のお父上、故山根 幸恵先生がいらっしゃるのです。山根 幸恵先生と言えば高校の剣道部時代、剣道の厳しい稽古を何度か付けて頂いた事があったのですが、当時の其のままのお姿です。夢の中で稽古が終わり、最後に幸恵先生に挨拶をしている時の事です。私の木剣を手にとられ、あの高校時代に聞いていた声と鳥取弁のしゃべり方で「袈裟斬りちゃーこうだっ!」と言われるや否や、ピュッピュッっと空気を切りながら、私の左右の首の付け根に木剣の刃の物打ちをくりだされ、そこで「ハッ」っと目が覚めました。

 まだ時刻は夜中の三時前、私の枕元の隣では、一才になる息子が起きていてて、丸いお目眼をパッチリ開いて、言葉にならない言葉を「ムニュムニュ」言っておりました。

 息子をあやしながら、「ひょっとして、深尾角馬先生が『頼りなさげに墓参りに来ていたので心配だ、ちょっとだれか稽古つけて来い』と、それで幸恵先生が・・・そして、アッチから来られているそんな雰囲気を察して、一歳の息子は起きていたんじゃないのか・・・」そのような事を考えながら、息子が寝息を立てるのを確認し、天井からぶら下がっている電灯のオレンジ色にボンヤリ光る豆球を眺めながら、そんな自分の妄想に「ニヤリ」としながら、自分も眠りに堕ちていったのでした。

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2012年4月22日 (日)

実家よ、私は帰ってきたぞ!

 本日、一年半に及ぶ、昭和レトロなアパート生活から実家へ帰還いたしました。
 小難しい事を書いておりますが、簡潔に言えば引越し作業がほぼ終了しました。

 ほぼと書きましたのは、冷蔵庫だけが残っているのです。それも明日、業者が運ぶ段取りとなっていますので、何の問題もあありません。

 模型も積めず(こっそり買って実家に積んでいましたが)、本も控えて、二輪のあるガレージは無し(手元に無いと寂しいのだ)、ネット難民(携帯中心でしたのでtwitterとfacebookが中心となっていました)、慎ましやかな家族三人の生活でしたが、それも一転、以前のエントリーに書きましたとおり、上記の条件は全てクリア、また以前の業の深い私の生活が再起動なのです。

 書きたかったネタもたまっています。ちと鮮度は古くなっていますが、それもボチボチ出していきます。

 Blog生活の復活を此処に宣言します。

 

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