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2008年8月14日 (木)

般若心経で夜露死苦?

Sinkyo01  お盆ですね。でも一昨日の練習走行に使ったお休みは、実は昨日出社したのと引き換えに手に入れた代休でした。世間はお休みモードたっぷりの昨今、私は仕事でした。

 それでもお盆はお盆、夕刻よりお寺の和尚さんが家に来て、仏壇を拝んでいかれました。その時皆で一緒に唱えた「般若心経」・・・。

 ここでちょっと時計の針を戻します。

 予てからちょくちょくここに書いていたように、この年末におばあちゃんが亡くなりました。四十九日忌まで七日おきに法事があったり、この日曜日も初盆の法事で家族揃ってお寺へ、といった具合に何時もの時よりも「般若心経」の経本を見ながらこのお経を唱える機会が多々あったのでした。これだけ頻繁にこの経文を読んでいると、漢文の白文の素読とは言え、なんとなぁ~く意味が見えて来るものです。ちなみに、今現在、我々が目にするこのお経は、古代インドのサンスクリット語の経文を、昔の中国のお坊さんの鳩摩羅什(中央アジア亀茲国の人)や、三蔵法師によって漢訳されたものが、日本に伝えられた物だそうです。

 でもこの「なんとなぁ~く意味が見えて来る」程々の割合が曲者なんです。

 解るのが二・三割なら「ど~でもいいや」と放っておくのですが、なまじ「これって、こんな事言ってるんじゃじゃないかなぁ~」、しかも「ほとんど皆は、ありがたがって唱えているけれど、私が思うに、ありがたいと言うよりも結構意味の取りようによっては、突き放した身も蓋も無いことを言っているんじゃ・・・」なんて思い始めると、私の性分、確認せずにはいられなくなっちゃうんです。

 それと、この般若心経が心に引っかかったもう一つ理由があるのです。それは、おばあちゃんが亡くなる一ヶ月くらい前位から、職業欄「イラストレーターほか」のみうらじゅん氏の著作“アウトドア般若心経”が町の本屋さんに平積みなっていた頃、TV番組で氏がこの企画の創作動機について話されていて、そのお話が非常に興味深かったからなのです。

  氏は製作動機として次のように言われていたように覚えています。

 車を運転中、24Hパーキングにある満車情報のプレートを見ると『空』有りとなっていたんです。『空』有り・・・『空』有り・・・『空』が有るって、これ般若心経じゃないか。そうか街にある看板とか、表札とか碑文に使われている漢字を一文字づつ写真にとって、それをコラージュして般若心経を作れないか・・・。

  これを聞いた時、般若心経がどうとかでは無く、みうらじゅん氏のセンス良さに「すばらしぃ~」とTVを前に至極感心したものです。般若心経に対してこのような下準備があって、幸か不幸かおばあちゃんが亡くなり、法事が続き頻繁に「般若心経」を目にするとこに・・・そしてそんなに信心深くない私の「なぜ?」のスイッチを好奇心が「ポチッ」っと押してしまったのです。

 もうこうなると一度走り出したら止まらない、暴走機関車かシンクロ率400%を超えのヱヴァンゲリヲン初号機の如くの私の知識欲。もうね関連書籍やNETで調べまくりなのです。

 この経文の内容を簡単に書けば、釈迦の弟子シャーリープトラと観世音菩薩の問答により、仏教的解釈のレゾンデートル(存在理由)が説かれているのですが、最初に書いたように、私の感じた通りの、身も蓋も無いような事が書いてあります。内容を詳しく書くと長くなるので詳しく知りたい方は「般若心経」でググれば、その現代語訳は簡単に読むことが出来ます。

 私が気になった部分は、最後の呪文(真言{マントラ}なんていいますよね)の「羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶(ちなみに読みは、ぎゃーてーぎゃーてーはらぎゃーてーはらそうぎゃーてーぼじそわか)」部分です。これって文面からこの経文の一番キモに当たる部分と解るのですが、この肝心な部分が解らなかったのです。経文をお坊さんと読んでいて、使われている漢字に振り仮名無いと読ないですし、読めない知らない字の意味なんて解る訳が無い・・・こちらとしては「こんな身も蓋も無い事言って、最後はどう落すんだ(落とすって・・・お経はお笑いとちゃうぞ!)・・・う゛~」と、気になって気になって仕方が無かったのです。終にこの部分を調べてみると、字面を見て意味がわからなくて当たり前、原語のサンスクリット語の音に当わせて、そのまま同じ音の漢字を当て字にしただけなんですと。やはり言葉に力を持たせるために、呪文は原語なんですね。(黒い雌鳥の「エロイムエッサイム」とか・・・)

 な~んだ、ボーヤンの「夜露死苦!」と同じですよね。←「なんて罰当たりな」って、まあその通りなんですけど。

 ちなみに、これを訳しちゃうとありがたみも何もなくなっちゃうんですが「智慧よ、智慧よ、完全なる智慧よ、完成された完全なる智慧よ、悟りをもたらしたまえ」といった意味になるそうです。

 これが「落ち」?←ちがいます。

  ネット上に上がって居る現代語訳を何度も読み返し、「科学」という宗教を信じる私のためにグジャグジャになった頭の中を整理して科学分野に関連付けして考えてみると、量子力学、分子生物学の権威、シュレディンガーの唱えた「シュレディンガーの猫」という命題になんとなく似てるのね「般若心経」って思ったりして。(シュレディンガーの猫もググって見てね)

 結論:未だよ~わからん!私には「悟り」なんてものは程遠いのでしょう・・・。

 そんな事を思いながら迎え火を焚いたお盆の夜でした。 

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コメント

実はワタシ、ソラで唱えられます(笑)
ただししばらく唱えてないと「むーけーげーむーけーげー」辺りでグルグル回って終わらなくなりますが。
あまり唱えてると浮遊霊が寄ってくるらしいので最近唱えてません。だって怖いんだもん♪

投稿: ハレンチーノ | 2008年8月14日 (木) 01時54分

ハレンチーノ大師
>あまり唱えてると浮遊霊が寄ってくるらしい
マジ?・・・怖いです。

投稿: 松永 | 2008年8月14日 (木) 08時47分

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