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2008年7月10日 (木)

告知なのだ(その弐)

 ものの本によると、日本初の二輪レースは明治34(1901)年11月3日、上野・不忍池を周回する楕円コースで行われたとあります。そして太平洋戦争以前には、ハーレー・ダビッドソン、インディアン、HRD(ヴィンセントの事ね)、ヴェロセットや国産自作Vツインマシン等が、目黒競馬場や多摩川河川敷で競い合っていたとも伝え聞いております。

 そして戦後、まだ戦争の爪あとが残るその時代に、九州の地で完全舗装路を使ったロードレースを始められた方々がいらっしゃいました。

 そのうちのお一人が、時々私がこのBlogのコメント欄にてSKJ(スーパー・クソ・ジジイ)とか書いてしまう、二輪模型界のマエストロにして二輪クラブマンレーサーの大先輩でもある柴田さん。

 その柴田さんがmixi上で書かれておられました、ご自身が走られていたこの戦後ロードレースの黎明期のお話“雁ノ巣時代”。このテキストを「mixiに登録してない方々にも閲覧できるように」との柴田さんのはからいで、ご自身の二輪模型HP“MOTO MODELING”上に再編成されUPされているのです。

 今、我々がサーキットで「ブィ~ン!ブィ~ン!」とモーターサイクルで遊んでいられるのも、この方々によって、道を切り拓いていただいたからと言っても過言ではありません。まだ戦争が終わってから10年、その中で現場を体験されてきた先達のお話なのです。

 ココです→“雁ノ巣時代”(ポチッとな)

 あ~これ読んでいると、パレードラップで良いのでもう一回柴田さんをトーハツのマシンに乗せてサーキットに引っ張り出したいよなぁ~。(遠い目) 

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コメント

いいなぁ、YSRでレースしてたときを思い出したなぁ。
「走るシケイン」と呼ばれてたけど(滝汗)

投稿: ocboo | 2008年7月10日 (木) 09時27分

ocbooさま
YSRって・・・雁ノ巣に比べれば結構最近のような・・・(汗)。
雁ノ巣の皆様が暴れておられたのは50~60年代はレース環境ががまだまだだったのでライダーは命懸けですから。
転倒してそのまま側溝にマシン共々落ちちゃったり、マシンの振動で走行中ハンドルが折れたりとか・・・

投稿: 松永 | 2008年7月10日 (木) 16時30分

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