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2007年6月 9日 (土)

子泣き爺化

 一昨日のエントリーにもちょこっと書きましたが、本日、東京より弟一家が帰省してきています。

 いつもの如く、甥(6歳)姪(2歳)担当として、普段の独身貴族っぷりとはまるで真逆な、伯父さんをしているのです。昼間は甥をドライブに連れて行き、夕刻は日没時をねらって、家より徒歩二十分弱の所に蛍の出る神社スポットがあるので、そこまで弟一家を引き連れ、蛍狩りへと出かけたのです。

 期待通りの蛍の群を、甥と姪に見せる事ができ、上機嫌で皆で徒歩にて家に帰る途中、やはりと言うか、お疲れの2歳の姪、「だっこ」と始まっちゃいました。

 日頃はジムで鍛えている私、2歳の姪を抱っこしながら2km弱の徒歩など苦に思わなかったのです。

 少し歩いていると「すーすー」と姪の寝息の音が・・・寝ちゃいました。そうなると、俄然重くなるのです子供って。軟体動物化したように「くにゃくにゃ」と座りが悪く重心点が定まらず、今までとはうって変わって、「ずっしり」と・・・正直辛くなってきました。家に帰るまで二・三度姪のポジションを修正しながら帰りましたが、日頃これをやっている巷のお母さんは、そりゃたくましくなるわけです。筋トレ如きじゃないトレーニングですな。

 ここで「はっ」っと思う事がありました。妖怪小説の権威・京極夏彦は、江戸時代の画家・鳥山石燕や水木しげるの画業による妖怪のキャラクター化から、原点に戻る意味合いで、伝承等に残る「本来、妖怪とは現象である」との立場を貫かれ、面白い妖怪小説を執筆されていますが、その小説の大ファンの私は、今回の一件、「別に「子泣き爺」っていうのは、あの漫画のようなキャラクターを言うのではなく、泣いている子供を抱いてあやしていたら、泣き疲れて眠ってしまい、ずっしり重く感じた・・・なぜ?・・・目に見えない霊的なものが関与しているのでは・・・と、案外こんな現象についての解釈を口伝で伝えるうちに、あの皆が知る子泣き爺のストーリー化されていったのでは・・・」なんて思う次第だったのです。

 抱っこされながら私の肩にポッペを乗せ、クルクル天然パーマの柔らかな髪の毛を夜風になびかせながら、寝息を立てている姪は、伯父さんによもやそんな事を思われているとは露知らず、甥の方は元気いっぱいに、「帰ったら果物食べた~い」なんて叫びながら小走りしてました。元気だな、オイッ!

 がきんちょの相手は、タフでないとやっていけないのです。 

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コメント

蛍ですか。
もう何年いや、何十年見てないんだろう。。
季節も解らぬまま一年が過ぎ去って行ってしまう今日この頃
季語という言葉もいつしか解らなくなる

まさに隣のトトロの世界がそこにはありますね

投稿: VERTICAL | 2007年6月10日 (日) 01時09分

VERTICALさま
蛍と聞くと「蛍雪時代」を思い出す私は昭和でしょうか?(笑)

投稿: 松永 | 2007年6月10日 (日) 17時59分

確実に「昭和」です。(笑)
知っている私も当然、同様ですな。

投稿: VERTICAL | 2007年6月10日 (日) 23時50分

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