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2007年4月10日 (火)

教えor教えられ

 ずっとモーターサイクルに記事だったので、この辺で剣術の記事です。

 実は雖井蛙流をやりたいと言う人が現れました。(パチパチパチ)

 喜ぶのも束の間、なんと師は、私を打太刀、これより習いたい方が使太刀とし、五乱太刀分の型の一本目「錫杖」を稽古てみるようにとのこと。師は我々の横に居て、初めての方を指導されているのですが、その時の師の言葉は、一年前の私に対しての言葉・・・そして打太刀として実際相対してみると、「あぁ・・・こんな風にダメダメだったんや」とよーく解かるのです。

 そうなると、今現在の自分の動きでも、緩急のつけ方、上半身のスタビライズ、足運び、そして手の内、師の言われていた事が「こういった意味なんや・・・」と具体的に良く理解できるのです・・・そうなると、「こうしなきゃ」といった自分への課題が具体的に解かってきます。過去にもトレーニングのエントリーで、この「教える事で教えられる」事例を書きましたが、今回はその時以上なのです。

 師も私がそう感じているのを察しておられてようで、稽古が終わると、「何時ものように太刀を振る、そんな稽古もいいけれど、人を教えると言う稽古は、本当に今まで見えていなかった自分の事が見えるでしょう。がむしゃらに太刀を振るばかりが稽古じゃないのです。人を教える事も良い稽古。私が繰り返しずっと言っていた事が、今日一日のこの稽古で具体的に解かったでしょう。今日の稽古は、あの人に錫杖を教えるのも確かに目的の一つなのですが、あなたに今回のこの事で諸々気付いてもらうのがメイン、わかった?」と言われてニッコリ。

 これって一年かけてやってきて、ちょっとは認められたって事でしょうか。

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