Adagietto
火曜日の午後五時前、気分は漫ろなのです。
月曜日にはあれだけ舞っていた黄砂も、その日の宵の口に降った雨のおかげで、大気中よりクリーンナップされ、 火曜日の大気は鉛ガラスの如く透き通り、晴れているのだけれど程よく肌寒く、空気密度&酸素濃度、共に上がり、ちょい古なモーターサイクルを乗り回すには願っても無い素晴らしいコンディションといなっています。こんな状況を仕事をしながら確認する私の忍耐力も、もう臨界点なのであった。
「今日しかない・・・・」
その日の仕事も佳境に入った午後三時頃、絶対に居残りなどしないですむように、仕事をこなし始めます。時間に圧縮を掛けるようなものです。定時には「お疲れ!」っと事務所を出るために。
五時になり終業のチャイムが鳴ります。駐車場までダッシュです。裏道を使い急いで家に帰ると、ライディングギアに身を包み、ガレージより愛車を連れ出します。
燃料タンクの蓋を開け中を覗き、燃料の残量をチェックします。「少なめだけど今日くらいの試乗には十分」ガスコックをONにし、キーをイグニション位置に回します、キャブの横のチョークを引き、アクセルを開けながらイグニションスイッチを押すと、「ファゥ・・・ボォォォォォォォォッ」と、まるで遠雷のような低いノートで暖気が始まります。
右手でアクセルちょい開け状態に保ち、エンジン回転を2,000rpmを維持しながら、左手は素手のままエンジンを触りながら暖まり具合を確かめていきます。エンジンが大分温まったのを確認すると、二・三度レーシングをしてアクセルを開けていた右手を離しアイドリングが続くのを確認します。両手にグローブをして、愛機に跨り、クラッチを握り一速にギアをセレクトしゆっくりとクラッチを繋いでいきます。
走り始めたからといって、いきなり全開はいけません。前回、3rdをシフトフォークに焼きつかせた二の轍を踏まないように、ミッションの透視図を頭に浮かべながら、丁寧で的確にギアを次にギアへと送り込みます。この時代のMVは、ギアの潤滑機能に弱点があります。潤滑不良とならないように、ミッションとドライブシャフトに動力を伝えるピニオンギアにちゃんと潤滑油が行渡るよう、走りながらの暖気も行わなくてはならないのです。
ココはもう少し我慢の子で、街中を一般車両と同じペースで流します。ドライバーの方々は、一緒に走る五月蠅い派手なモーターサイクルにしかめ面。ただ、助手席とか後席に乗っている幼稚園から帰る途中と思われる幼児達は、食い入るように私とMVを見て、時には手を振ってくれたりします。
バイパスに入り、いよいよペースを上げていきます。
「バァァァーワァァァーファァーンッ」エンジンの回転と共に排気音が澄んでいきます。対してタンク下のエンジンからは「ギャーィーンッ」と、カムのギアトレイン・ユニットがヒステリックな絶叫を始めます。バイパスを降りて、ギアチェンジをあまり必要としない、大きめのコーナーが連なる峠道に着きました。
一往復目の往路スタートです。柔らかめのサスに、低剛性のフレーム、組み上がったばかりのミッションとピニオンギア、無理は出来ません。マシン的に心地良いスピードで「フワッ」と、流してやろうと思っているのです。
走り始めてコーナーを一つ、また一つクリアしていくと、気持ちが高ぶっていく自分に気がつきます。「なんだ・・・この高揚感・・・」レースの事を考えれば、物凄くマージンを取った安全運転なのに、前述の音にやられちゃったのか、このモーターサイクルにこうして乗れる事に感動している自分がいます。この峠道の一番高いところにあるトンネルでは、自らの反響音に痺れっぱなしです。トンネルを抜け、下りを楽しみ、下りきった所の駐車場でUターンをして復路へ、今、下ってきた道を上りで楽しみます。
再びトンネルを抜け最初のスタート地点にあと僅かというところでパワーダウン。なんだか二気筒になったみたい。すぐにガス欠と気付き、ガスコックをリザーブに切り替えようとするのですが、硬くて走りながら回すのはちょっと無理。下りだったのでなんとかスタート地点に帰ることが出来たのですが、そこで一旦停止すると「ストン」とエンジンストップ。コックをリザーブに切り替え、10を数えてエンジン始動。「ファンッ!」と直ぐ目覚めました。
しかし燃料残量&迫ってくる日没時間から「こりゃ、あんまり時間が無いな・・・(by紅の豚)」という事で、二往復しようと思っていたのですが、二本目は往路だけ走って家路に着く事としました。
この最後の一本は、こうやってこのコースを走れる事を愛おしみながら丁寧に走ったのですが、ヘルメットの中はマシンの奏でる歌で満たされ、バイザー越しの風景がゆったりと流れます、これで終わるのが名残惜しく感じられてなりません。走りながら、私の脳内i-PODは、マーラーの交響曲第5番第四楽章Adagiettoを再生するのでした・・・。
このようにして、二年数ヶ月ぶりのMVとのランデブーを楽しんだのですが、やはり感心したのはモト・ラボロのメンテナンスの素晴らしさでした。壊れたマシンを治し(直すじゃない)、ジンさんが何度も試走しながら調教をし、レッドまで一気に澱み無く吹け上がるエンジンに仕立ててくれています。
ジンさん、Takahashiメカ、関戸君、本当にありがとうございます。
大切にします。
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コメント
あぁ・・・いいですねぇ。その状況が私の頭の中に浮かびます。
マーラーの交響曲第5番第四楽章Adagietto・・・まさに楽しい音楽の時間だったんですね。気持ちよくタクトが振れたようですね。
投稿: 番長ドリー | 2007年4月 5日 (木) 09時03分
マーラーっすか!!
ちとクラシックもかじってる電気屋です(笑
投稿: 電気屋 | 2007年4月 5日 (木) 11時22分
くぅ〜っ うらやましい〜っす!!
わたしのitune はショスターコビッチの5番をフルトヴェングラーが
タクトを振っています。エンジン音の如く。
投稿: SUZUKI | 2007年4月 5日 (木) 14時50分
今日は、ご期待に沿えるような仕上がりでしょうか?
愉しんで頂ければ、幸いです。
次回、散策に出かける時には、以下のような楽曲はいかがでしょう?
1,Rimsky-Korsakov Sheherazade op.35
2,DANCE of the ANGEL
Guitar Slava Grigoryan
(Sony Records 1997)
ギターの楽曲です。
サーキット走行にも良いかと...。
投稿: Takahashi | 2007年4月 5日 (木) 15時06分
MVアグスタ。
孤高のバイク。
他に比較するものが無い乗り物と言うのも珍しい存在である。
イタリアの情熱が生み出した奇跡の存在。
それにまたがって
ワィンディングを走り抜けるmatunaga氏。
それを遥か彼方からうらやむワタシ。
い〜なぁ。
MV。
投稿: ゾンネンキンダー | 2007年4月 5日 (木) 20時52分
番長ドリーさま
MVとの「逢引き」つー事でこの選曲です。
電気屋さま
マーラーのこの曲を電気屋さんの守備範囲で言えば「マーヴィン・ゲイ」です。
なんたって「逢引き」ですので。(しつこい)
suzukiさま
流石!プロの選曲は渋いところを突いてこられます(ニヤリ)。
KSってそんな歌を歌うんだぁ~。
(機械が歌を歌うって“ラーゼフォン”ちゃいますよ)
Takahashiメカさま
ほう(シャア風に)、貴殿にこんな趣味がおありとは。
ギター楽曲の方は私的にサーキット走行よりも、ガルシア・マルケスの小説を読む時、ヴォリュームを絞り気味でかけていたい・・・そんな感じの音楽でした。
ゾンネンキンダーさま
どうもです。
チェコ狂いのあなた様のCZも、掛替えの無いマシンではないですか。
そういえば、この前NETをうろついていましたら、2気筒DOHC500のJAWAのレーサーが売りに出ていました。
ただ・・・私のMVagustaが何台も買えちゃうような値段でした・・・。
旧東側のファクトリーレーサーです、今となってはごもっともな値段です。
投稿: 松永 | 2007年4月 5日 (木) 22時51分