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2005年6月 1日 (水)

青頭巾

 DVDで映画「ハンニバル」を再び見る機会があり、ちょっと思うことがありました。

 この映画は人喰いのレクター教授のお話でしたが、今のハリウッドの商業主義にまみれた商品タイアップが鼻につく、ただの商業映画に再びがっくしでした。

 そういえば日本にカンニバリズムと同性愛がペーソスとして入っていて、その物語の本質は行くべき道を見失い、悶え苦しむ魂の救済の話が有ったな・・と本棚より上下巻の二冊の本を探し出しました。

“雨は霽(は)れて月は朦朧の夜、窓下に編成して、以って梓氏に畀(あた)ふ。題して雨月物語と曰ふと云ふ。”で始まる、全五巻、九話に及ぶ日本を代表する怪異小説「雨月物語」。

 出版は今を遡る事、約二百三十年前の安永五年(1776年)。

 1953年には溝口健二監督により映画化されてますが、映画化されたのは巻之ニ「浅茅が宿」巻之四「蛇性の娞」でした。

 これから私が書こうとしているお話は、映画化されていない巻之五に収められた「青頭巾」というお話です。

 場所は下野の国、富田。今の呼び方で言うと、栃木県下都賀郡大平町富田での出来事です。

 夕刻、墨染めの僧衣、藍染の頭巾をかぶった旅の僧侶が一夜の宿を頼もうと、庄屋の門前に立つところから物語りは始まります。黄昏の中に立つ僧侶を見た村人は騒然となり「山から鬼が降りてきた」とあわやリンチに。事情を説明し村人の話を聞くと、「山の鬼」となった僧侶が里の山寺におり、夜な夜な里に下りてきて困っていると聞き、旅の僧侶は一人この荒れ寺に鬼畜となった僧侶の魂を救いに往くと言うお話です。

 この話で白眉なのが、鬼となった僧侶がわずかに残った理性と、本能の間で悶え苦しみ、救いを求める場面は、さながらゴラムとスメアゴル(最近の映画で恐縮ですが)の様でもある、作品自体が耽美な文体で書かれおり(この作家の他の随筆などは上方の口語体で書かれており、およそ耽美とはいえない・・・)、鬼畜に堕ちた僧侶に読者は哀れみを感じずにはいられません・・・。

 皆様にも読んで欲しいのでネタバレはこのくらいにしときます。

 自らを剪枝畸人(かたわ者の変人)と言うペンネームでこの作品を書いた上田秋成、物凄いインテリであったようですが、見方を変えるとヒッキーの古典文学オタクであったようです。(指に障害が有ったのが原因とされる。)

 あっ・・・攻殻機動隊スタンド・アローン・コンプレックスの「笑い男」モトネタはひょっとして上田秋成・・・?

まさかね、サリンジャーが本命だもんね。

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コメント

そうですなあ「ハンニバル」は「何?これ」的な作品でしたね。
まだ「レッドドラゴン/リメイク」の方がお茶目。

昔の頭の良すぎる妄想家(作家、画家、研究家)などは良く
己をこきろしして「変人、気狂い」と名乗ってた人は多いようですな。

でもそれはメディアが発展していない時期に
「個と己、集団と己」を見据えた上での発言に力があった時代だから
自分にとっても発表の場においても効力があったのではないですかね。

あらゆるメディア情報が浸透してしまった現代においては
奇人、変人、気狂い、精神病患者、自殺志願者、麻薬中毒患者ですら特性を生かした作家として認められてしまってる。

こういう現状の中で「認知」されてしまった人は、
ある意味では本来の気狂いではいられなくなる。
それ以前に、もはや日常が狂ってるから作家自体が狂う必要は無く
ギミックをチョイスしてかみ砕き、細分化した構成要素の正体を不明にして吐き出す能力が問われてる時代なのかもしれない。

あれをこして、これをこうね!分かった!?的な素早い感覚。

本当の意味でのカニバリストは
にこやかな仮面をつけて我々の中に自然と溶け込み
沸々として里に降りる時期を見据えてる。

なんか屁理屈こきの介野郎になってしまいましたな、失礼。

関係ないですが
平田弘史オフィシャルHPを最近発見。

http://www2.wbs.ne.jp/~tesh/main-frame.html

御大のご活躍ぶりは、やはりサスガです!。
最近情報を集めていないあいだに結構な数の書物が沢山出てる。
一挙に集める事に決めました!。

投稿: zuka | 2005年6月 2日 (木) 03時13分

溝口健二の「雨月物語」は、何度もビデオ見直してます。
モノクロなのに何もかもが美しい・・・・。
日本映画白眉の一作品でしょう。

ZUKA殿、ををっ奇遇っす。
平田弘史の作品は個人的に私も集めようと思っていたところです。
時代劇は周りに話のわかる人間がいないので黙ってました。
平田弘史氏のホームページは何か圧倒されるものがあります。
つくりは無茶苦茶だけど・・・。

投稿: kuwa | 2005年6月 2日 (木) 12時59分

> kuwaさま
私的には原作に対する思い入れが強いので映画版はストーリーとかちょっと・・・でした。
ただ、映像が美しいのは意見が一致します。
> zukaさま
> それ以前に、もはや日常が狂ってるから作家自体が狂う必要は
> 無くギミックをチョイスしてかみ砕き、細分化した構成要素の正体
> を不明にして吐き出す能力が問われてる時代なのかもしれない。

↑なんかこれを読んでジョーゼフ・ヘラーの“キャッチ=22”を思い出しました。
アメリカ軍の軍規キャッチ=22は、「戦闘任務を逃れようと欲する者はすべて真の狂人にはあらず。」
つまり自分は狂っていると自覚できるものはもはや狂人ではないので、戦闘からはずすことは出来ない。
狂っている者は自ら狂っている等とは言わないから、そのまま戦闘を続ける。
アメリカ軍にとっては戦争と言う狂った状況では、兵個人が狂人かそうでないかなんて、取るに足らないことのようです。

投稿: 松永 | 2005年6月 2日 (木) 22時19分

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